5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

「心臓を投げた」のはだれ? - ナブナ feat.初音ミク『メリュー』

こんにちは。

今回はナブナ feat.初音ミク『メリュー』の歌詞のことを考えます。久しぶりのボカロ曲。

灯籠の咲く星の海に心臓を投げたのだ
もう声も出ないそれは僕じゃどうしようもなかったのだ
サビの歌詞はこういう感じ。
このどうしようもない感じ、わたしはここから死を思いました。しかも、ただの死ではありません。
そういう話を今回はしてみたいと思います。

「君」と「僕」の対比

この曲には生と死の対比があります。

バスに乗った僕は言う 君は灰になって征く
1番のBメロにはこういう個所があります。
主人公は「バス」に乗っていますから、何はともあれ生きています。
でも「君」は「灰になって征く」と歌われています。「灰になる」という表現は、死を連想させるのに十分です。
主人公は生きていて「君」は死んでいるように思えます。
ここには、対比があります。

この対比は、曲のすべてにわたって続きます。
たとえば1番のサビ。

もう声も出ないそれは僕じゃどうしようもなかったのだ
「声も出ないそれ」と「どうしようもない」という僕の対比があります。
「それ」というのは灰になった「君」のこと。
そしてそれを見ながらおろおろしているのが、無力ながらも生きている「僕」です。
ちなみに「それ」が「君」のことだとどうしてわかるのかというと「それ」は「もう声も出ない」とあるからです。
少し前の部分で「僕は言う」という表現が出てきます。主人公は言葉とともにあります。一方で「それ」は「声も出ない」とあります。
言葉の有無は、主人公と「君」との間にコントラストを生んでいるのです。

この曲の最後の部分にも似たような個所があります。

僕もきっとこうで良かったのに
君がずっと遠く笑ったのだ
引用内の1行目は「こう」という近称があります。
一方2行目には「遠く」という言葉があります。
「こう」という表現は、状況が手元にあって、すぐ近くにある印象を与えます。生か死かなら生です。
一方で「遠く」という表現は、不在を意味します。生か死かなら死の印象です。

hacosato.hatenablog.com
以前レミオロメン『3月9日』を読んだときにも、似たような歌詞の仕組みが出てきました。『3月9日』では、歌詞の要素は動と静にわかれて、いろんなものが静に帰着していくのを歌っていたのでした。
hacosato.hatenablog.com
そういえば米津玄師『サンタマリア』もいっしょで、歌詞のさまざまな要素は現在と未来の描写にわけることができて、未来へのかすかな希望がぼんやり浮かんでくるような歌詞の世界が描かれていました。
整って色分けされた歌詞は読んでて楽しいのですが、こういう構図の曲はだいたい同じ道を辿ります。どちらかが善で、どちらかが悪で、主人公はその片方を取るのです。

今回の『メリュー』は違います。『メリュー』には確かに生と死の対比が見えます。でも主人公は、そのうち片方(たとえば生)を称揚して、もう一方(たとえば死)を退けたりはしません。
この曲では、主人公は生の側に立っているのに、どんどん死の方に引き寄せられていきます。
せっかく歌詞がふたつに色分けされているのに、ふたつはどんどん混ざり合って、境界がわからなくなってしまいます。
それが、この歌詞のほかと違うところです。

心臓が痛いから死んだふりの毎日を見なよ
もういっそ死のうと思えたなら僕はこうじゃなかったのだ
2番になると、今までになかった「死」という言葉が直接出てくるようになります。でも「死んだふり」だったり「死のうと思えたなら」というように、ストレートに死んでしまったりはしません。
この連は「君」ではなくて主人公自身のことを歌った部分です。なのに「死」がたくさん出てくるようになります。
主人公は生きていながら、だんたん「死」に近づくようになります。

どうせ死ぬくせに辛いなんておかしいじゃないか
どうせ死ぬくせに辛いなんて
辛い感情が生まれるのは生きているからです。
だけど、辛さは死んでしまいたい気持ちも生み得ます。希死念慮は、生きている者の特権です。

1番に、こういう歌詞がありました。

灯籠の咲く星の海に心臓を投げたのだ
もう声も出ないそれは僕じゃどうしようもなかったのだ
「心臓を投げた」のは「君」です。なぜなら、1番の時点では死んでしまっているのは「君」だけで、主人公はまだ死から距離があるからです。

でもさ。
転調を超えた最後のサビにこういう歌詞があります。

灯籠の咲く星の海に心臓を投げたのだ
もう声も出ないから死んだふりなんてどうもなかったのに
最後の連で「心臓を投げた」のは、主人公なのか「君」なのかわかりません。
なぜなら、主人公はその前の連で何度も死のことを口にしていて、もういつ「心臓を投げる」ことがあってもおかしくないぐらいだからです。

僕もきっとこうで良かったのに
君がずっと遠く笑ったのだ
最後の連も主人公と「君」との対比で終わっています。
「こうで良かったのに」というのは、つまり「心臓を投げる」で良かったのに、という意味だと思います。
死を選んでも良かった、という意味だし、「君」のようになっても良かった、という意味です。
主人公が最後に「君」の笑みを受け取ることができたのはなぜでしょうか。
それはきっと、主人公が「君」のほうを向いたからです。
主人公が死の方向を向いたからです。

「君」と「僕」の統合

「君」や主人公は、どうして死を選んだのでしょうか。
わたしは、過労だと思ったのです。
1番では、主人公はバスに乗って仕事から帰ろうとしています。バスがある時間に退社できるのだから、少なくともこの日は、主人公は真っ当な時間に帰ることができたのだということになります。
一方で「君」は主人公と同じ職場の同僚です。「君」の仕事は多忙を極め、何日も帰ることができなかった挙句「心臓を投げた」のでした。

灯籠の咲く星の海に心臓を投げたのだ
もう声も出ないそれは僕じゃどうしようもなかったのだ
「灯籠の咲く星の海」とはなんでしょうか。
わたしは、夜になっても消えないビルの明かりだと思いました。
「君」はこのビルの明かりに身を投じてしまったのです。
会社にとって、「君」のような駒はもう使いようがありません。だから「それ」と名指されて呼ばれます。
このあと、最後の行まで「君」は出てきません。
会社の論理に染まった主人公にとっても、いなくなった駒はもう人ではないからです。

悲しくもないし苦しくもないのに
辛いと思うだけ 辛いと思うだけ
「君」だった人がいなくなっても、主人公は悲しくありません。
毎日の仕事が激務でも、苦しいとも思いません。
わたしはこういう気持ちに非常に共感を覚えます。

古びたバス停の端傘を持った僕がいる
今でさえ埃を被った夜空の隅に足はつくのに
2番では、主人公はバスに乗っていません。バス停は古びたのだから、きっとバスが来なくなって長い時間が経ったのでしょう。これはバスのある時間に帰れなくなってしまったことを示唆します。
主人公は傘を持っているので、上を見上げることができません。つまり「灯籠の咲く星の海」を見ることができないということです。
主人公は、だんだん自分の置かれた環境を客観的に見ることができなくなっていきます。

だんだん主人公は「死んだふり」で生きるようになります。おいしいものを食べるとか、たくさん眠るとか、そういうことを諦めて、感情のスイッチを切って、仕事ができる最低限の生き方を選んでいます。そして、さっきの言を受けて

どうせ死ぬくせに辛いなんておかしいじゃないか
どうせ死ぬくせに辛いなんて
と自問します。

「どうせ死ぬ」には、人間いつかは死ぬのだ、という観念よりももっとずっと切実な思いがあります。

実際うんと身近なところで死を選んだ人がいるのですから。

もうどうかしたいと思うくせに僕はどうもしないままで
この仕事の現状をなんとかしたいと主人公は思うけれど、でも行動には移しません。
上司や、取引先のことを考えると、どうしたっていい結果が浮かばないのです。

灯籠の咲く星の海に心臓を投げたのだ
もう声も出ないから死んだふりなんてどうもなかったのに
僕もきっとこうで良かったのに
君がずっと遠く笑ったのだ
この部分、さっきわたしは、だれが「心臓を投げた」のか、わかりませんでした。
でも、ここまでこうやって考えると、最後の連で「心臓を投げた」のはやっぱり主人公みたいに見えます。
「もう声も出ない」というのは、つまり会社の改善を呼びかけたりはしない、ということです。黙って決まった職務だけをこなすということです。
「きっとこうで良かった」というのは、つまり「心臓を投げる」ということです。
そして「君がずっと遠く笑った」というのは、つまり主人公が「君」に向かっていったということです。
「それ」と呼ばれていたものが「君」に変わるのは、主人公が「君」に近づいたからです。
「君」に近づくことは、つまり死に近づくことです。

ということで、ナブナ feat.初音ミク『メリュー』でした。
いままでにボカロ曲は、3曲取り上げたことがあります。
hacosato.hatenablog.com
hacosato.hatenablog.com
hacosato.hatenablog.com
今回が4曲目でした。
ところで『メリュー』というタイトルにはどんな意味があるんでしょうか。
わたしは考えました。こうじゃね?
お粗末さまでした。

次回は未定です! 最近未定ばっかり。ぜんぜん余裕ないよう…。

メリュー

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