わたし前に、J-POPの歌詞の中のヒーローを統計的に見てみたことがあるのです。
このときからJ-POPのヒーロー曲がとっても好きなんですけど、今年めちゃかっこいいヒーロー曲ありますよね。
今なんじゃない?
メラメラとたぎれ
眠っているだけの正義
こんな僕も君のヒーローになりたいのさ
それが緑黄色社会『Mela!』。
イントロなしで「今なんじゃない?」っていきなり投げかけられて、えっ?ってなって。
「メラメラとたぎれ/眠っているだけの正義」っていう強いフレーズが続いてグッってなって。
「こんな僕も君のヒーローになりたいのさ」でハッ!となる感じ。
こういうキメキメな曲にわたしはたいへん弱いので、どう弱いのかをきょうも言葉にします。
「預けてみては?」じゃねぇんだよ!💢
冒頭のサビを抜けてAメロを引用します。
かっこいい君には
僕じゃ頼りないのかなんて
そりゃそうだよな
だって今もこうして迷ってる
サビでの威勢のいいフレーズに惹かれてここまでやってきたわたしたちを迎えるのは、どうにも弱々しい言葉たちです。
こういうのを見ると、
すは! Aメロで主人公が切り替わるやつ!!
とか思ってしまいがちなのですが、最近そういうのあんまり流行ってないみたいなんですよね。
この曲も近年のセオリーと同様で、主人公は一貫して「僕」のままです。
曲の中で主人公がくるくる切り替わってストーリーに複雑さをもたらすよりも、曲の中で一人の主人公がくるくるとちがう面を見せるほうがいまっぽい感じ。
さてこの主人公、頭サビでは「君のヒーローになりたいのさ」って歌っていたのに、Aメロでは「僕じゃ頼りないのか」なんて弱気になっています。
一方で「かっこいい君には」という部分もあり、ここがこの歌詞の大事なところになります。
ヒーローは一般にかっこいいものですが、この曲ではヒーローが救う相手の方がすでに「かっこいい君」なのです。
そんなふたりの関係は、続くBメロではっきりします。
手を取ってくれないか
ギブとテイクさ
君が僕のヒーローだったように
「君が僕のヒーローだった」のか!!
ここでこの曲の中のふたりの関係ははっきりします。
「君」は「僕」のヒーローであり,「僕」はこれから「君」のヒーローになりたい、そんなところなのです。
これからなりたい? これからっていつなの?
今なんじゃない?
「今」です。
メラメラとたぎる
こんな僕にも潜む正義が
どうしようもない衝動に駆られて
ほら気付けば手を握っている
そういえば見落としていましたが、頭サビでは「眠っているだけの正義」というフレーズでした。
それがいまでは「こんな僕にも潜む正義」になっています。
どちらも、まだ正義は発芽していないのでした。
だけど「衝動に駆られて」、「気付けば手を握っている」ぐらいの行動力はなんとか持ち合わせています。
J-POPの歌詞だと、いくぞ、がんばるぞ、いまからやるぞ、みたいな威勢のいいフレーズを奏でつつ一歩も前に進んでいない場合も結構ありますが(それはそれで尊いらぶあいしてる)、この曲の場合はそれなりの行動が伴っています。
だけど。
いったいぜんたい
そんなに荷物を背負い込んでどこへ行くの
ねえねえ待って僕にちょっと預けてみては?
主人公の声掛け、クソだせぇんだよな…!!!
ふつう正義のヒーローは「僕にちょっと預けてみては?」とか言わないでしょ…もっと頼れる感じ出してよ…!!!
って思うんです、思うんですけど。
でもこのフレーズがわたしこの曲の中でいっちばん好きなんです。
だって、この些細な語尾によって、Aメロに出てくる「僕じゃ頼りない」をはっきり体現することができているから。
この曲ではAメロは内省的で、主人公の内面の描写に終始しています。
でもサビでは曲調も解放的で、外に向かって投げかけるようなキャッチーな歌詞になっています。
そのキャッチーさの中で、それでも「頼りない」を表現できるこの語尾たくみすぎません?
わたしほんとマジでめっちゃすき推せる💕💕💕
「君」のヒーローになるということ
前にヒーローについての歌詞をたくさん見ていて、当時のわたしは、2010年代、「ヒーローは誰かにとっての相対的な存在」 だと結論づけたのでした。
今回の曲もそれは同じで、主人公の「僕」は「君」“にとっての”ヒーローを目指しています。
それと同時にこの曲の中で目立つのは、そんなヒーローたる主人公の頼りなさです。
つまり、主人公の中の多様な一面の中にはヒーロー的な面もあり、真逆な面もあるよね、ということです。
急に別の曲の話題を持ち出すんですが、Official髭男dism『HELLO』という曲があります。2020年8月の曲です。
この曲にもヒーローが出てくるんですが、
決まり文句も座右の銘も 何も持ってない素朴なヒーロー
という感じの描かれ方をします。
『Mela!』とは違い頼りなくはないんだと思いますが、それでも旧来のヒーロー像が持っているような、高い目標を掲げて、それを実現するためにみんなに奉仕する、というようなヒーロー像とは対照的な描かれ方をしている点で共通点があります。
でもそれって、ヒーローが「君」と「僕」との間の関係の中に生まれるようになるなら必然的な帰着なんですよね。
なせなら主人公は、身近な存在である「君」の、いろんな側面を知っているはずだから、です。
もう一歩進めると、この曲の「君」って、アイドルとか、スポーツ選手とか、そういうふうにも感じられる気がします。
SHISHAMO『明日も』の歌詞に描かれる、
ヒーローに自分重ねて
は、スポーツ選手だと言われます。
『明日も』の歌詞の中では、主人公は「ヒーロー」への一方的な思いを抱いているだけです。
ところが『Mela!』では、主人公は「ヒーロー」が「荷物を背負い込んで」いたりするのを知っています。
なぜならそこにはSNSとかが介在しているからなのだと思うんです。
SNSがあって、わたしたちは「ヒーロー」のいろんな面を知り、そして同じサービスのアカウントの中で、リプライとかコメントとかっていった相互的なコミュニケーションを取ることができる時代のヒーロー像が、この歌詞には現れているのかもな、って感覚があります。
2020年代のヒーローは、こういう描かれ方で進んでいくのかもしれないですね。
今年もすでにたくさんのヒーロー曲が生まれているようで、いまからとても楽しみなのでした。
というわけで、緑黄色社会『Mela!』でした。
ところでこの曲は基本的には図鑑型で、主人公がヒーローになりきる前に曲が終わる構成です。
しかし、最後のサビはこういう感じになっています。
ほっておけない
そんなに荷物を背負い込んでどこへ行くの
ほんのちょっと僕にちょっと預けてみては?
こんな僕も君のヒーローになりたいのさ
「預けてみては?」のお気に入りフレーズはそのまま、その最後に「こんな僕も君のヒーローになりたいのさ」と結ばれるのです。
「なりたいのさ」のこのフレーズはもちろん冒頭にも出てきていたので主人公がとくに前進したわけではないといえばそうなんですが、でも「預けてみては?」のあとに「なりたいのさ」をつなげて言われると、やっぱりなにかしらの進歩の機運を感じずにはいられません。
こういうところも含めて、この曲とってもいいよなぁって思うのでした。
https://music.apple.com/jp/album/mela/1504038574?i=1504038727&uo=4&at=10lrtS