5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

家の裏にマンボウが死んでるP feat.GUMI『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』

 
こんにちは。クワガタも好きだけど消化器も好きです♪
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今回は家の裏にマンボウが死んでるP feat.GUMI『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』を取り上げます。普段だったら曲を流しっぱなしにしてBGMにしながらこの文章を書くのですが、今回に限って私ぜんぜんできませんでした。だって、歌詞にエネルギーがありすぎなんだもん…υ
以降、いつもみたいに私は歌詞を読んでいきますが、この曲を初めて聴く人は、ちゃんと聴いてから改めて来たほうがいいと思います。私のこれまでの記事もよければさらった上で、続きを読めそうな方はどうぞ。
歌詞はこちら→http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/17178.html
構成はこちら→A-(イントロ)-A-B-サビ-A-B-サビ-サビ-(間奏)-C1-C2-アウトロ1-アウトロ2

解毒の階段

この曲はタイトル通り、主人公がクワガタにチョップしたらタイムスリップした曲です。タイムスリップした未来の世界で、主人公は3人の人物に出会います。もちろん警官、孫、そして未来の自分です。
この3人に対する主人公のスタンスを順に見ていくことにします。
最初に出会うのは「警官」です。警官は主人公を見つけるなり「そこのリアス式歯並びの君!」と呼び止めるわけですが、それに対して主人公はどう応えているでしょう。

未来人にコンプレックスを指摘された
お前の祖先にいたずらするぞ
平成原人は涙目で訴える
「クワガタにチョップしてるだけです!」

1番のサビを引用しました。「お前の祖先にいたずらするぞ」なんて応える主人公です。いくら未来人だからって、ふつうはこんな応答はしないはず。未来人に対して上から目線で、とても暴力的な態度だというところが特徴的に思います。
この態度が、どんどん変わっていきます。次に出会うのは「孫」です。

鮮やかに歯並びが遺伝しちゃっている
二世代経たのに無様に似てる
平成原人は涙目で励ました
「港としては非常に優秀だから!」

今度は2番のサビです。警官への応対が脅迫なら、孫への応対は励ましです。警官に対してはとてもとげとげしかったのに、孫に対しての態度はそうではありません。相変わらず扱いは雑だし、投げやりなところはあるけれど、でも相手を思う気持ちが生まれているのが分かります。他人から親戚へと変わったからでしょうか。それもあるかもしれませんが、主人公のテンションの変化もあると思います。
そのあと、主人公は未来の自分自身と対面します。このとき、主人公は未来の自分に何の声掛けもしません。主人公が警官→孫→未来の自分、と出会う人を変えるに連れて、とげとげしさがどんどんなくなってる!って私は気付きました。
この変化、クワガタに対する行動も同じ感じです。

無機質な空の色
視界に広がる未来都市

この曲の冒頭を引用してみました。この曲では最初の時点ですでに未来都市へタイムスリップしていますが、タイトルから照らし合わせるにタイムスリップする直前に主人公はクワガタにチョップしていることが分かります。
ふつう、クワガタを飼っていてもチョップなんてしません。だってクワガタすぐ死んじゃいそうだもん。それはクワガタなんて飼ったことのない私でもわかることだし、クワガタを飼っている主人公ならなおさらよく知っているはずです。この曲が始まる前の主人公は、ちょっと信じられないぐらい暴力的なのです。
その暴力的な感じは、タイムスリップしてからの警官への応対にも表れています。しかもタイムスリップしてもなお、主人公はクワガタへの暴力をやめません。
それが、孫に会うあたりからすこしずつ変化してきています。孫への応対は(雑だけど)励ましに変わりました。そこには投げやりな態度こそ見え隠れしますが、暴力は見えません。
そして、未来の自分に出会うときには、すでに主人公のとげとげしさはすっかりなくなってしまっています。チョップばっかりしていたクワガタに、涙を落とすようにもなります。
この曲の前半はただのネタ要員だと言う人もいるみたいですが、私はそうは思いません。だんだんとげとげしさがなくなっていく、という、ちょっと見えにくい階段を登っているだけのように思うのです。

歯並び

ところでさっき引用した2つのサビ、どちらも歯並びに関する言及になっています。私は初めてこの曲を聴いたとき、歯並びでまさかのサビwwって思いました。だってタイトルには歯並びのこと一切出てこないんだもん。このタイトルだったら、クワガタかタイムスリップに関することでサビが来ると思うじゃん。
でも、この曲にとって、歯並びはとても大事なテーマだと思います、たぶん。
警官は主人公を見つけたとき「そこのリアス式歯並びの君!」と声をかけました。なぜ?
警官が人を呼び止めるとき、一般的にそんなに至近距離から呼んだりしないはずです。ということは普通は遠くから見てもわかりやすい特徴で呼び止めるはずで、どうしても呼びたいなら

  • そこの大声で叫んでいる君!
  • そこの昆虫を襲っている君!
  • そこの君!

とかってかたちになるはずです。「リアス式歯並びの君」って、わざわざ言うのはどうしてでしょう? 歌詞的におもしろいから? それだけじゃないはず。
「リアス式歯並び」とは、文脈を察するなら歯並びががたがたになっているのを表した表現だと思います。今の日本ではそれは失礼に当たることなので、人を呼び止めるときだってそういう特徴を口にしたりは普通しないはずです。
でも、未来の世界で、それがまったく失礼ではなかったとしたらどうでしょう。差別的でもなんでもない、ただの身体的特徴になっていたとしたらどうでしょう。例えば背が高い、とか。例えば眼鏡をかけている、とか。
もしそうだとしたら、警官が歯並びで人を呼び止めるのも、不自然でなくなるかもしれません。
未来の世界ではもしかして、歯並びがリアス式なことは悪いことじゃないのかも。私は読んでいて思いました。その仮説は、読み進めていってより確かなものになりました。
主人公はその後、孫に会います。孫が主人公と同じリアス式歯並びなのを見つけて、主人公は「港としては非常に優秀だから!」と励ましています。
それに関して、孫はどう応えているでしょう?
歯並びのことを励まされた孫は、それに関して何も応えていません。代わりに「この時代のあなたはここにいます」と、主人公を未来の主人公へと引きあわせています。孫にとって大事なのは歯並びなんかじゃなく、自分のおばあちゃんです。主人公から見た「未来の自分」です。
未来の世界の住人は、だれひとり主人公の歯並びにネガティブなイメージを持っていないのです。そんなことにはあまり関心がなくて「この時代の君」「この時代のあなた」(=未来の自分)に関心があるみたいです。主人公が歯並びばかりを気にして、歯並びでサビを歌っているのとは対照的です。

この時代の君に会えたら
多分帰る方法がわかるだろう
彼は粘着質に私の家を調べ出し
訪ねるとそこには私の孫が住んでいた

主人公が警官と出会った、2番のAメロを引用しました。ここはそのギャップがとても特徴的に表れている部分です。警官は「この時代の君に会えたら/多分帰る方法がわかるだろう 」と言っています。主人公が帰りたいって言っているわけではないのに、警官は主人公を未来の自身に引き合わせることで、元の世界に返してあげようとしてくれています。
でも主人公はそれを「彼は粘着質に私の家を調べ出し 」なんて歌っています。「粘着質」と聞いて別の曲を連想するのも自然ですが、この「粘着質」には違う意味があります。警官が粘着質に見えるのはなぜかというと、主人公が特に未来の自分に会いたいとか思っていないからです。熱心に調査し、名前とかを頼りに住居を探しだす警官を、いい加減にしろよ…って思いながら主人公は待っていたに違いありません。その気持ちが「粘着質」という表現に見え隠れします。
この曲で、警官が「そこのリアス式歯並びの君!」と言うのには大きな意味があります。港としては非常に優秀な件で孫が何も応えないのには大きな意味があります。たぶん、未来の世界では、歯並びなんかを気にする時代じゃなくなっているってことを暗示しているのです。

クワガタ

ところで、どうして主人公はタイムスリップしたのでしょうか。その答えは歌詞の中には見当たりません。でも推理することならできます。
この曲は、歌詞が始まる前に主人公がクワガタにチョップしていることが分かっています。そしてチョップしたらタイムスリップしました。
一方、この曲の最後は、

こぼした涙がクワガタに
触れるや否や瞬いて
いつもの風景に包まれた

こんなシーンが描かれています。涙がクワガタに触れることによって、主人公は元の世界へと戻ります。チョップすると未来へスリップし、涙を落とすと元に戻る、そのどちらにも、クワガタがとても大事な役割を果たしています。
私は、クワガタが主人公をタイムスリップさせているのではないかと思いました。どうして?
だんだん根拠は薄弱になっていきますが、私は主人公には悩みがあったのではないか、と思いました。
悩みの内容まではわかりません。歯並びに関することかもしれないし、将来に対する不安かもしれません。非リアのまま死ぬのかなとか、環境破壊が進んだらもう地球には住めないかもとか、そういう気持ちを抱えて、主人公は未来に明るい展望を持つことができない気持ちだったのだと思います。そしてペットのはずのクワガタをチョップしたりと、暴力を振るう荒んだ心を抱えていました。いらいらした気持ちは、矛先がクワガタへと向いていたわけです。
クワガタはそれを察して、主人公に未来を見せようとしたのかもしれないな、って私は思います。

無機質な空の色
視界に広がる未来都市

この曲の冒頭の歌詞です。「無機質な空の色」はそのまま無機質な主人公の気持ちと重ねあわせて見ることができます。最初は何が起きたかあまり理解できなかった主人公も、じきに自分が未来へとタイムスリップしてしまっていることを察します。

「戻れ!戻れ!」と叫びながら
路上で昆虫を襲う私に

そしてこうつながります。主人公は未来にタイムスリップしていることに気がついてしまいました。未来の自分が近くにいることも、なんとなく分かっています。でも、未来の自分に会うのは怖くて仕方がありません。だってどうせ歯並びは悪くて、非リアのまま老いた自分がいて、地球はひどいことになっているに決まってるからです。…っていうのはただのたとえ話ですが、とにかく主人公はどうせ希望なんてない未来のことなんて見つめたくありませんでした。だから「戻れ!戻れ!」なのです。過去に戻って、安全な場所で、どうせ暗いということになっている未来を悲観し続けていられればそれでいいのです。
けれど、動き出した歯車はそう簡単に、主人公を過去へとは戻らせません。警官に会い、孫に会い、主人公はついに未来の自身と対面します。その間、主人公は自分と対面したいなんてだれにも伝えていません。でも、最終的にはそうなってしまいます。そして主人公は、未来の自分が自身をどう思っているのか、なじみのある身体から聞かされることになるのでした。
Cメロの歌詞をぜんぶ引用するような真似はしませんが、ひとつだけ引用したいところがあります。未来の自分からの最後の一言です。

私はちゃんと幸せだ

って。
「ちゃんと」っていうのは、発話前に前提にすべきポイントがはっきりしていないと使えない言葉です。「ちゃんと片付ける」ときには片付いている具体的なイメージが頭の中にあるはずです。「ちゃんと一人で起きられたよ!」と主張する子どもは、一人で起きられないという具体的な状況を前提にして、それを破っているから「ちゃんと」と主張できるわけです。
この歌詞に戻って「ちゃんと」を考えましょう。「私はちゃんと幸せだ」という表現は、単に「私は幸せだ」というのとは意味が違います。「ちゃんと」が付くと、“幸せでない予想”を裏切って「幸せ」の王道をゆくようなイメージが私には浮かんできます。未来の自分は、古い自分が明るい展望を描いていないことぐらいお見通しです。だから「ちゃんと」の存在意義があるのです。私は幸せだ(あなたの予想とは違ってね)、という意味が、この表現によって伝わってきます。「ちゃんと」にはこんなに大事な意味が隠れています。
このひとことを聞くと、タイムスリップは終わり、主人公は元の時代へと戻っていきます。もちろんここにもクワガタの采配がきっと関わっているでしょう。今回のタイムスリップは「私はちゃんと幸せだ」の一言に向かって帰結してる、って私は感じたのでした。



というわけで、家の裏にマンボウが死んでるP feat.GUMI『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』でした。
この曲には他にもたくさんの論点があります。先ほど歌詞を引用した初音ミクWikiには箇条書きの形でその辺がまとめられています。もっとこの歌詞について考えたい向きには、これを読破するのもいいと思います。私はこれを一通り読んだ上で、あまり触れられていない点を中心に今回まとめてみました
ちなみに広い世の中「CHOP療法」というものがあるそうですが、見た感じこの曲とは特に関係がなさそうです。
前回livetune feat.初音ミク『Tell Your World』を読みました。今回この曲を読んで、ボカロ曲は2曲連続になります。ですが、次回以降はしばらくボカロの曲からは離れる予定。
実は「J-POP〜」なんてタイトルでダイアリーを書いている割に、私はJ-POPの定義とかあんまりちゃんと詰めて考えてないです。でも今回ボカロというJ-POPの辺境的なジャンルに踏み込んだので、これからもたまには別の方向から辺境的ジャンルに踏み込もうと思います。とりあえず演歌とか。あとK-POPとか。あとアニソンとか。↑ジャンルが「ROCK」になってて笑いました。確かにロック。