国語辞典っていろんな種類があり、それぞれ異なることが書いてあると言われています。
辞書ばっかりある部屋もあるみたいです、すごすぎ👻
そんな国語辞典、種類ごとのちがいを比べる方法として同じ言葉を引き比べるという方法があります。
比較される言葉定番がいくつかあります。その一つは「恋愛」です。
たとえばわたしが手元で引ける『三省堂国語辞典』の8版ではこういうふうに書いてあります。
一方で『新明解国語辞典』8版だと語釈部分はこうです。
1つめの辞書だと、簡潔な中にも「性的な結びつきも強めたい」みたいなインパクトのある表現があり目を惹きます。
2つめの辞書だと「常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、」みたいな暑苦しい説明が続いてて、恋愛の暑苦しさと呼応しているように見えます。
って感じで結構違いがあります。
でもこの説明だと「恋愛」の重要な部分をまだまだ取りこぼしているんじゃ?と思っています。
きょうはそういう話をします!!
で、取り上げるのがHoneyWorks feat. 可不『ぎじれんあい』です。
可憐なアイボリーVer.もあるよ。
今回の歌詞の底本はこちらHoneyWorks feat. 可不『ぎじれんあい』歌詞
この歌詞、サビの最初が
ファンのあなたが一番好き♥
って歌詞があったりすることから察せられるようにアイドルとファンの関係を描いた曲に見えます。
それ全体を「ぎじれんあい」と呼んでいるようです。
「疑似恋愛」は「恋愛」とは異なります。
最初に引いた『三省堂国語辞典』でいったん「擬似」だけ確認しておきます。
だから「疑似恋愛」は「恋愛らしく見えるが、実はそうではない」ってことだと思います。
恋愛ではないものを知ることによって、恋愛の正体がもっとわかるはず!
その観点で『ぎじれんあい』の歌詞を見てみます。
Aメロ最初の部分。
リプくれなくなったの何で?
いいねくれないの何で?
恋人のはずなのに何で?
愛してるほしいエビデイ
ここはSNSを歌っているらしい部分。
アイドルによって運営方針はさまざまですが、SNSではアイドル側はファンのSNS発信を見ることはできるけど、それにいいねやリプをできない、という運用のグループがちょいちょいあります。
その場合、ファンはアイドルにいいねやリプをできるけど、アイドルはファンにいいねやリプができない、ということになります。
Aメロ続きの部分。
その結果、アイドルの立場からファンに対してSNSでできることは見張ることだけであり、「鍵垢されたら」なすすべがありません。
ここではアイドルとファンとの非対称性があります。
Bメロ。
あなただけ (分かる)
ラブ合図 (見つけて)
こっそり匂わせよ? 彼ピ
代わりにアイドルの方から個人的にファンにメッセージを伝えるなら、方法の一つはステージ上のパフォーマンスの途中の手振りとかでほのめかすことです。
それがこの歌詞の中でいうと「ラブ合図」です。
アイドルのライブの現場で、ファンから個別のアイドルへメッセージを送る方法としては(これも現場によるけど)たとえばうちわを作って見せる、とかがあります。
うちわであればある程度のメッセージを、ファンからアイドルに伝えることが可能です。
でもライブの現場でアイドルが個別のファンに何かを伝えるのはたぶん結構大変です。なんとか「ラブ合図」で匂わせるのが関の山。
ここでもアイドルとファンとの非対称性があります。
そしてこの非対称性が「ぎじれんあい」とふつうの恋愛との大きな差分なんだと思います。
つまり最初の疑問に立ち返ると、恋愛は相手との対称性や相互性が期待されないと成立しづらいんじゃないかと思うんです。
それを踏まえて『三省堂国語辞典』を見ると、
こういう説明になっています。これを見ながら、今回の歌詞の内容が「恋愛」に当てはまるのか考えます。
すると、今回のアイドルとファンはお互い相手を大切に思ってはいるけど、性的な結びつきを強めたがっているかは微妙な感じがします……。
歌詞にキスの話が出てきているので、キスが性的ならこの辞書てきには恋愛状態成立扱いだし、キスが性的でないならこの辞書てきには恋愛状態が非成立ということになります。
でもそれっておかしい感じがするんですよね!お互いに相手を大切に思っていても恋愛じゃない場合はぜんぜんあって、たとえばこのアイドルとファンの関係を恋愛とは呼びづらいと思います。
だからこの曲ではそれを恋愛ではなくて「ぎじれんあい」と呼んだのだと思うのです。
今回の歌詞に照らし合わせるとこの辞書の説明、前半(「相手を大切に思い、」)は広すぎだし後半(「性的な結びつきも強めたい」)は狭すぎると思うのです。
一方で『新明解国語辞典』の説明はこうでした。
この説明は今回の歌詞の中の状態に当てはまると思います。ばっちり一喜一憂してるじゃんね。
だけど繰り返しですが、この歌詞ではこれを恋愛ではなくて「ぎじれんあい」と呼んだのでした。だからこの歌詞の中ではこれは「恋愛」ではないはずなのです。
『新明解国語辞典』の説明だと「恋愛」は広すぎることになります。
その差分は、アイドルとファンとの間の関係は対称性や相互性が期待しづらい、という点です。
だから国語辞典の「恋愛」の説明に「相手も同じふうに思っているかもって期待できる」って話を追加すると、より疑似恋愛が恋愛ではない点が明確になるじゃん!って思いました!
あとこっから、別の曲の話していいですか?
今年、女性アイドルの曲でもうひとつ疑似恋愛の曲あるんです。
アンスリューム『疑似恋愛させたげるっ!』です。
こちらもアイドルとファンとの関係を歌った曲だと思うんですけど、サビの歌詞はタイトル同様これです。
疑似恋愛させたげるっ!
この「疑似恋愛させる」ってヴォイスがめっちゃよくないですか?
「恋愛させる」って表現はふだんあまり使われなくて、たとえばBCCWJではヒットしません。検索の仕方まずってたら教えてほしい……。
一方でXで検索すると「恋愛させる」はまあまあ出てきます。用法は主に2つです。
1つは小説などの創作アカウントが自分の作品内でキャラクターに「恋愛させる」、という言い方をする場合。
そしてもう1つは「疑似恋愛させる」という言い方です。アンスリューム『疑似恋愛させたげるっ!』がまさにこれ。
恋愛の登場人物のふたりのうち片方が「恋愛する」側、もう片方が「恋愛させる」側、という用例はざっと見た感じXでは見当たりませんでした。
それは恋愛というものが本質的に対称性や相互性のあるものだからなのだと思います。
片思いとかあるしそれも恋愛のひとつだけど、対称性があってほしいと期待してると思うんだよね片思いは。
一方でアイドルとファンとの関係である疑似恋愛は非対称性が特徴でした。
だから疑似恋愛は恋愛と違って「疑似恋愛する」側と「疑似恋愛させる」側が成立するんだと思うんです。
それをはっきりヴォイスのかたちで描いているところが、『疑似恋愛させたげるっ!』というタイトルのおもしろ見えポイントです。
最後に別の辞書の「恋愛」の語釈部分を見比べてみるね。
『岩波国語辞典』第8版。
「恋慕う」をさらに引いてみるとこういう感じ。
なので、やはり対称性については言及ありません。接触厨のドルオタだって寄りすがりたがってはいるはずなのに…。
『岩波国語辞典』とだいたい同じ感じ。
ほかにも辞書っていろいろあるんだけど最新版持ってないので有識者たのむ〜!
いずれにしても、国語辞典は語釈大喜利しててもいいけど、もう少し実際の使い方に即した/もう少し言葉の本質に踏み込んだ説明を書いててほしいな〜〜!!