5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

粒から宇宙へ、そしてその先へ - 宇多田ヒカル『traveling』

こないだ八百屋さんでかかっていたのがこの曲なんですけど、いまさらながらとても好きな歌詞じゃんってなったので書きます!

キーワードは「粒から宇宙へ」です🪐

仕事にも精が出る
金曜の午後

↑これが「粒」で、

Traveling 君を
Traveling 乗せて
アスファルトを照らすよ

↑これが「宇宙」。

きょうはそういう話をします。

宇多田ヒカル『traveling』歌詞

粒から宇宙へ

Aメロの歌詞はこういう感じ。

仕事にも精が出る
金曜の午後
タクシーもすぐつかまる
(飛び乗る)
目指すは君

「仕事にも精が出る」で描かれるのは明らかに日常です。

歌詞に描かれる仕事って、基本的にきつくて辛くて投げ出したいものが多いと思います。

なぜなら歌詞は、仕事の対としての愛とか希望とか未来とかを歌いたいものだからです。

本当に歌いたいことを引き立てるために、仕事が重くて暗くてしんどいものとして描かれるのです。

それはそうなのですが、とはいえわたしたちの大半は毎日仕事や学校に通う生活を選んでいます。

そしてそれは、嫌と言えば嫌なこともあるけどたいていそうでもなくて、仕事であれば精が出るようなことだって日常的です。

歌詞にそういうことが出てこないのは、仕事に精が出るのは日常的すぎてドラマに欠けるからです。

だけど日常あっての非日常だし、ハレの日はケの日があって初めて成り立ちます。

その起爆点の小さなが、この1行目です。

仕事にも精が出る
金曜の午後
タクシーもすぐつかまる
(飛び乗る)
目指すは君

そういう風に考えると、Aメロのこの部分ははっきりと日常を志向しています。

金曜日の午後で仕事を追い込んで、仕事終わったらタクシー捕まえて「君」に会いに行く、という日常を描いた描写です。

むかしの私は、タクシーで行けるんだ!景気いいな!ってぐらいしかこの曲についての感想はありませんでした。

だけどいまは、ここから宇宙への萌芽を感じます🌱

続くAメロの2回し目はこういう感じ。

「どちらまで行かれます?」
ちょっとそこまで
「不景気で困ります
(閉めます)
ドアに注意」

ふつうに考えると、この描写は細かく書きすぎです。

このまま順当に行くと、「君」に辿り着くまで何百字も必要そうです。小学生の作文並みのアンバランスさだよ。

だけど「君」に会うまでの描写が細かければ細かいほど、その先の宇宙へのギャップが大きくできるのだと感じます。

この時点で、少し不穏な部分があるのです。

「どちらまで行かれます?」
ちょっとそこまで

ないんだよな〜このやりとりは。

ふつうタクシーに乗って、行き先を決めずに進むことはないのです。

この時点で主人公は、ファンタジーの世界に足を踏み入れています。

(いま「世界」って打とうとして間違えて「さかい」って打っちゃったんだけど、世界でも境でもだいたい同じだった)

続くBメロで、事態ははっきりと転換を迎えます。

風にまたぎ月へ登り
僕の席は君の隣り
ふいに我に返りクラリ
春の夜の夢のごとし

タクシーは風ではなく、元々の行き先は月ではなく、当初僕の席は君の隣りではありません。

現状はタクシーに乗って「君」に会うため移動中です。

タクシーは「風」になり、行き先は「君」に変わります。

移動していること自体はAメロとBメロで同じだけど、手段や目的地が違います。

席があること自体はAメロとBメロで同じだけど、同乗者が違います。

現状とパラレルに対応する別のものたちが、主人公をファンタジーの世界に誘うのです。

続く部分はサビです。

Traveling 君を
Traveling 乗せて
アスファルトを照らすよ
Traveling どこへ
Traveling 行くの?
遠くなら何処へでも

サビに残るのは、AメロとBメロの共通部分です。

つまり、移動していること(=Traveling)だけが描かれています。

この“移動している”ということが、この曲の本質的な部分なのだと思います。

ところでサビの1周目、主人公の隣にはいつの間にか「君」がいます。

だけどサビの2周目では、もっと移動の本質だけが描かれます。

Traveling もっと
Traveling 揺らせ
壊したくなる衝動
Traveling もっと
Traveling 飛ばせ
急ぐことはないけど

2周目では「Traveling」に伴う「揺らせ」「飛ばせ」だけが描かれています。

この曲の描写、最初は具体的だったのに、サビでどんどん精緻に、抽象的に、本質的に変わっていきます。

最初は身近な描写だったのに、どんどん身近から離れて、その分誰にでも思い当たることがあるような描写に移る感じ。

これが「粒から宇宙へ」ってことだと思うんですよね。

hacosato.hatenablog.com

以前こちらの記事を書いたときにもそういうことを考えていたので、よければ併せてどうぞ!

話戻って『Traveling』サビのところ、移動のことが描かれているわけなんですけど、この歌詞が実際の生活の中で当てはまる場所を考えると、もう少し具体的な言葉にできると思います。

たとえば、夜のドライブとか。遠くを目指して、アスファルトを照らすところ。

それもそう。だけどもう少し(比喩的に)遠くまで、行くこともできると思います。

改めて見てみて、

Traveling もっと
Traveling 揺らせ
壊したくなる衝動
Traveling もっと
Traveling 飛ばせ
止まるのが怖い ちょっと

たとえば、もっと性的な意味とか。


宇多田ヒカルtraveling』でした。

宇多田ヒカルさんの歌詞、じぶんぜったい好きなのにほとんど触れてきませんでした……

宇多田ヒカルさんの楽曲はご本人のパーソナリティと強く結びついていそうだからな……と思うと及び腰になるから、というところが大きいんですけど、どうせわたしはだれのパーソナリティもよく知らないし、歌詞から見えそうなところだけで気軽に書いていっていいのにね、って思ってきょうは書きました!

hacosato.hatenablog.com

↑さかのぼってみたら宇多田ヒカルさんずーーっと前に1回書いただけだった!

また書こ!

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