5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

内面と外見が交錯する複雑な世界を支える歌詞のテクニック - 嵐『Monster』

嵐『Monster』の歌詞の話をしたいんです!

この曲の冒頭、

12時を少し過ぎる頃(Oh No!)残酷なMonster
月明かり草木眠る頃(Oh No!)甦る

の「Oh No!」が大野くんのことを言ってるって以外でネットで歌詞の話をしている人皆無じゃないですか?(言いすぎ)

この曲の歌詞って二階建てになってて、その話をしたいので聞いてください!

ところでこの曲ハロウィンっぽくないですか?

と思って何年も前からハロウィンの時期にしようと思って検討していた(そしてやっと今年なんか書けそうになった)のですが、リリース日見たら5月で草

嵐『Monster』歌詞

主体性の概念と結ぶ

最近わたしは認知言語学にお熱なので認知言語学の話をしたいんですけど、主体性って概念があるのでその話をしたいんです。

手持ちの本だと「主体性とは、現場密着の度合いのことです」*1って書いてあります。

これじゃぜんぜんわかんないと思うんですけど、この歌詞に沿って、わたしが理解しているさまをなぞりますね。なぞればわかるはず。

12時を少し過ぎる頃(Oh No!)残酷なMonster
月明かり草木眠る頃(Oh No!)甦る

ここなんですけど、冒頭は時間が描かれて、登場人物が説明されます。

これはむかしばなしの導入と同じです。

「むかしむかし【時間】あるところに【場所】おじいさんとおばあさんが【登場人物】住んでいました【人物を描写】」

同じように歌詞にもラベルをつけると、

12時を少し過ぎる頃(Oh No!)【時間】残酷なMonster【登場人物】
月明かり草木眠る頃(Oh No!)甦る【人物を描写】

って感じ。場所以外は揃いました。この歌詞の中で、場所の描写がないのは、どこか特定の場所ではない、ふわっとした“どこか”を指すから、ということだと思います。

こういう表現の中では、発話しているひとや描写している人が誰なのかはとくに前面に出てきません。

このような表現は、主体性の低い表現と呼べます。

ところが続く部分はこうなります。これさっきとかなり趣が異なる描写に見えませんか?

君の叫びで 僕は目覚める
今宵の闇へ 君をいざなう Monster

さっきと同じようにラベルを貼ると、こういう感じになります。

【登場人物】の叫び【人物を描写】で 僕【登場人物】は目覚める【人物を描写】
今宵【時間】の闇へ 君をいざなう Monster

まず登場人物の登場の仕方がちがいます。

さっきは「Monster」と名前を呼んでいたけど、今度は「君」「僕」という人称代名詞です。

それから時間の説明がちがいます。

さっきは「12時を少し過ぎる頃」と客観的な説明でしたが、今度は「今宵」と、“いまここ”を起点とした描写に変わっています。

“いまここ”というと、「君」「僕」という言い方も同じです。だれの目線で見るかによって「君」という表現が示す人物は変わります。

つまり、この部分は主体性の非常に高い表現なのです。

この曲はイントロで、主体性の高い部分と低い部分を両方見せています。

そしてAメロから改めて曲が始まります。

イントロのところは曲全体のダイジェストとして主体性の高低の両方を見せて、この曲には両面があるからそこんとこよろしくねっていうのを紹介しているのだと思います。

その両面は、歌詞の二階建て構造と深く結びついています。

歌詞の二階建て構造

この曲の歌詞、外見内面の二階建てでできています。

そして、外見の描写は主体性低く、内面の描写は主体性高くなっています。

先ほどの続き、Aメロ見てみます。

凍りつく夜が創り出す(We are)君の後ろ Who?
気付いたときはもう閉じ込める(Monster)逃げ場は無い

この部分は、人称代名詞「君」とかがありつつも「凍りつく夜」などの表現もあるように、主体性は中間ぐらいの場所にとどまっています。中二階です。

ところが、

(Just One)君の手を(Two)愛の手を
(Three, Four & Five)抱いて眠りたい

続く部分で、主体性は少し上がっていきます。

「眠りたい」の部分が見どころです。

規範的には「〜したい」の表現が使える人称にはわりと制限があって、

  • ⭕️わたしはご飯食べたい
  • ❌あなたはご飯食べたい
  • ❓彼はご飯食べたい

って言われるんですよね〜*2

『宇崎ちゃんは遊びたい!』みたいな作品があったりもするのでこのあたりの規範はちょうど変わっているところですが、でも三人称で「〜したい」は一人称よりも容認されづらいはず。

それは、一人称では主体性高い表現ができるけど、三人称では本質的に主体性を高めることができないからです。他人の気持ちはわからないからね。

歌詞に戻ると、

(Just One)君の手を(Two)愛の手を
(Three, Four & Five)抱いて眠りたい

「抱いて眠りたい」って言っているのはやはり「主体」(=「僕」=「Monster」)です。

だんだん主体性が高まっているのがわかります。

続く部分はこう。

あなたがいたから生まれてきたんだ 夜が明けるまで近くにいよう

人称代名詞が出てきて、主体性はますます高まります。

「いよう」みたいな意志を示す表現も、「〜したい」と同じく一人称以外ではちょっと使いづらいことが知られています。

  • ⭕️わたしはご飯はあとで食べよう
  • ❌あなたはご飯はあとで食べよう
  • ❓彼はご飯はあとで食べよう(食べるだろう、みたいな意味に取るんだったら多少ありえそうだけど意味が変わってしまう)

ここも先ほどと同じく主体性の高さに寄与していることがわかります。

そしてサビ。

僕の記憶が全て消えても 生まれ変わったら また君を探す
見かけじゃなくて 心を抱いて
満月の夜 君を見つけた Monster

「僕」「君」といった人称代名詞があり、「生まれ変わったら また君を探す」みたいな意志の表現もあることから、サビの部分は非常に主体性高い表現みたい。

そして「見かけじゃなくて 心を抱いて」という歌詞が、それと裏表をなすんですよね〜〜。

「僕の内面を見て」というメッセージが、内面から描かれている、というシンクロがあるのです。

でも最後。

満月の夜 君を見つけた Monster

急にカメラが引きになって、主体性を落としたところで終わるのドラマ〜って感じがします。

とってもよくできてる✨ すき!!

歌詞以外で支える二階建て構造

あとね、「あなたがいたから〜」のところから、「Woo〜〜」って感じのコーラスが始まって、これがサビまでずっと続くんですよ〜。

コーラスがあるところが主体性の高まるところということが、曲のアレンジにも反映されているのです。

さらにこの曲のコードを見ると、AメロBメロはキーがE♭mなのに対して、サビではE♭になるんですよね。

この切り替わりがコーラスが入るところと似た感じになっていて、この観点でも主体性の有無と足並みが揃っているのです。

ということで、作詞、作曲、そして編曲がちゃんとリンクしてひとつの世界を矛盾なく表現しているのです。

こういう丁寧な仕事があるからこそ、この歌詞の複雑さが破綻することなく表現できているのだと思います。

歌詞が先走るだけでは、これほどのややこしさをきちんと伝えることはできないと思うのです。


ということで、嵐『Monster』でした。

いままで読んできた嵐の曲はこういう感じ。

hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com

そういえば嵐って曲のタイトルをサビの終わりでおさらいする癖があって、今回の「Monster」もそうだし、「Love so sweet」とか「A・RA・SHI」とかもそうなんですよね。

なんかわかんないけど、溜めて溜めてからの……それな〜!みたいなのがあって、わたしは嵐カタルシスって呼んでる。ひとりで。

あと今回参考にした認知言語学の本はこちら。

まだ簡単な論文もいまいち読みこなせず、教科書みたいなものにすがって生きてます。ハコサト認知言語学もっとちゃんと身についてほしいんですけど😡😡😡

Monster

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*1:瀬戸賢一 山添秀剛 小田希望『解いて学ぶ認知言語学の基礎』p.39

*2:参考としてはさっきと同じ本のp.61