5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

「恋をしていた」から「恋をしている」へ - 米津玄師『Pale Blue』

米津玄師『Pale Blue』の話をします🥶

ずっと 恋をしていた

というファルセットから始まる印象的な曲です。

ところでこのフレーズ、最後の1行はこういうふうに変わるんですよね……。

ずっと ずっと 恋をしている

「いた」が「いる」に変わったぞ? こういうの好きなんだが??

今回はそういう話をしようと思います。

なお、この曲はドラマ「リコカツ」の主題歌です。わたしはドラマ見てないので、ドラマを踏まえた解釈みたいなやつは以降出てきませんのでご了承ください。

ドラマの内容と符合しないかもしれません。

米津玄師『Pale Blue』歌詞

「恋をしていた」とはどういうこと?

この歌詞の冒頭を引用します。

ずっと 恋をしていた

この部分「恋をしていた」という表現には含みがあります。

たとえば好きな相手に告白するとして、
「ずっとあなたに恋をしていました」
っていうのは座りが悪いと思うのです。「あなた」のことではなくて「恋」のほうを見ている感じがするから。

それと同じで、「ずっと 恋をしていた」とあったら、それは「恋に恋をしていた」のような含みがあるように感じられます。

裏を返すと「あなた」のほうをきちんと見ることができていなかった、というような含みです。

この雰囲気は、この歌詞に長くにわたって通底します。

これでさよなら あなたのことが 何よりも大切でした
望み通りの終わりじゃなかった あなたはどうですか
友達にすら 戻れないから わたし空を見ていました
最後くらいまた春めくような 綺麗なさよならしましょう

続くAメロ。「あなた」との別れの心情が描かれています。

冒頭のシーンでは、幸せなラブソング?にしては言い回しに含みがあるけど…?と思わされたわけですが、Aメロに入ってやはり別れの曲なのか、ということが浮かび上がってきます。

この部分は文末に敬体が使われていて、相手に呼びかけているのがよくわかるようになっています。

また一般に、「です」「ます」で話しかけることで相手に対してわざと心理的な距離を取ったり、他人行儀な姿勢を表現したりできると言われます。

国立国語研究所の最近の記事にも。

kotobaken.jp

そういう意味でも『Pale Blue』の「でした」「ですか」「しましょう」という言い方はとてもよく効いています。

相手にそういう口調で話しかけることによって、距離感を演出することができていると思います。

続くBメロ。

それは 水もやらず枯れたエーデルワイス 黒ずみだす耳飾り

呼びかけのシーンは終わって、改めて主人公の内面が描かれます。

「水もやらず枯れたエーデルワイス」「黒ずみだす耳飾り」というアイテムに共通するのは手入れの怠り、です。

日本ではエーデルワイスを育てるのは難しいようなのですが、それを枯らしてしまうのは水をやらなかったからなのですよね……。

そして「黒ずみだす」というのはシルバーのアクセサリーのことだと思うんですが、シルバーもメンテナンスしないと色が黒ずんでしまうのでした……💔

これってたぶん恋愛にも重ねられていて、この曲では主人公の努力の怠りによって、今回の恋愛が成就しなかったことを、エーデルワイスと耳飾りによって示しているのだとわたしは思っています。

恋愛関係(ドラマでは結婚関係みたいですが)は双方の不断の努力が必要だよね。。

ところが。

Bメロの後半は、それとはすこし毛色の違う展開になります。

こんな つまらない映画などもうおしまい なのに エンドロールの途中で悲しくなった ねえ この思いは何

主人公はこの関係を「つまらない映画」と呼ぶのに、「エンドロールの途中で悲しくなった」とも言います。

なんで? 自分が水やりを怠ったから枯れてしまった恋を思い返して、いまさら感傷的になるつもりか??(モンペ)

こういう男は嫌いなんですが、曲は続きます。サビです。

思えばここまで、主人公が相手に対してどう思っているかの描写はありませんでした。

そんな相手への想いが、ここで初めて登場することになります。

あなたが見据えた未来にわたしもいたい
鼻先が触れるくらいに あなたを見つめたい

未来をいっしょに過ごしたいという願い、そしてすぐ近くで見つめたいという願いがここで歌われます。

張り裂けるほどの痛みを叫びたいのに
わたしあなたに恋をした 花束と一緒に
ずっと 恋をしていた

わたしがいいなと思うのは「わたしあなたに恋をした」の行です。

この歌詞の冒頭では

ずっと 恋をしていた

という歌詞でした。そこにわたしは、恋の相手への気持ちがないことへの違和感があったのでした。

ところがサビの中では

わたしあなたに恋をした

と歌われます。

恋のあて先が「あなた」であることに、主人公は自覚的になったのです。

さらに。

花束と一緒に

という部分も非常に印象的です。

花束って基本的にだれかにプレゼントするものです。この曲では「エーデルワイス」という花がすでに出てきていて、これが相手へのプレゼントとしての花束なのではないだろうか、ということはここまでの部分で推測できます。

問題は主人公が花束“と一緒に”いる、ということです。

一緒ということは、あげるつもりの花束をあげていなかったんだ、とわたしは思いました。

花束というかたちだけをなぞっていて、それを相手にプレゼントしないところ。

シルバーの耳飾りを迎えて、それをちゃんとメンテナンスしないところ。

これが、恋愛に対して誠実に向き合わないこととパラレルになって見える仕掛けになっています。

ここまでが、1番でわかることです。

「恋をしている」とはどういうこと?

ところが、2番になると見える景色がやや変わります。

2番は「です」「ます」のゾーンから始まります。相手に対して呼びかける部分です。

1番のその部分を振り返ると、「綺麗なさよならしましょう」というように、呼びかけを別れのために使っている節がありました。

2番は違います。

晴れた日の朝 あなたのことが どこまでも大切でした

2番では相手に対する慈しみを伝えるために呼びかけが使われます。これは大きい変化です。

言えないでいた言葉交わし合った 笑えるくらい穏やかに

それは「言えないでいた言葉交わし合った」という表現で明示的に歌われます。

花束の比喩を使って言うなら、主人公はこのシーンで花束を相手に渡すことができるようになった、ということだと思うのです。

主人公は、一度はあきらめかけたこの恋愛に水をやるような気配を見せるんですよね。

あと注目したいのは最後の部分。6/8拍子に変わります。

歌詞の内容はこういう感じ。

あなたの腕 その胸の中
強く引き合う引力で
有り触れていたい 淡く青いメロディ
行かないで ここにいて 側で
何も言わないままで
忘れられないくらいに抱きしめて
ずっと ずっと 恋をしている

この部分、テンスに関する表現がとても少ないんですよね。

いままでだったら「大切でした」「あなたに恋をした」という表現で過去のことだとわかるなど、広い意味での時制についての手がかりが豊富に歌われていました。

しかし、最後の6/8拍子の部分では時制に関する手がかりが非常に少なくなります。

あなたの腕 その胸の中
強く引き合う引力で
有り触れていたい 淡く青いメロディ

の部分は、名詞文にも見えるけど、文ではなくて単に名詞を羅列しているだけかも。

どちらにしてもここには「胸の中」にいるのがいつなのか、みたいな表現はなくて、ただ「胸の中」だけが時制とは切り離されて描かれる、夢みたいな世界が描写されます。その浮遊感が拍子とよく似合っていると感じます。

最後の1行はこういう感じ。

ずっと ずっと 恋をしている

今まではこの部分「恋をしていた」と歌われていたのが「恋をしている」に変わっています。

「ている」って表現は一般に、過去からいまに至るまで行為が続いていたり、その結果がいまに現れていたりすることをいうアスペクト表現です。

「恋をしている」って表現で、過去の「恋をしていた」の時期から(おそらく)途切れずに続いてきた「恋」が、いまの自分に影響を与えている、ということを示せているとわたしは思いました。

「恋をする」だとその厚みがなくって、「恋をしている」だからこそ出る過去の積み上げが、この部分のよさです。

1番では恋のリボンにはさみを入れて「さよならしましょう」と歌っていた主人公が、それをやめて、途切れずに続くリボンをいまに至るまで伸ばすことに決めたような、そういう明るさがあります。

この曲には、そういう心情の変化があります。

わたしはこの歌詞を見て、そういうふうに思ったのでした。


米津玄師『Pale Blue』でした。

わたしはドラマほんとに見てないけれど、この見方がドラマのほうとも符号していたらいいな…。

今回は

ずっと 恋をしていた

から

ずっと 恋をしている

という表現の変化に注目してみました。このように、歌詞の全体を通じて表面的に見えるメッセージが変わっていく(ように見える)、という歌詞は、10年前や20年前に比べると少なくなったような肌感があります。

それは曲の全体を通して聴いてもらえるとは限らない世の中だからなのだと思います。

部分部分を取り出してひたすらキャッチーであることそれ自体は別に悪いことでも嫌なことでもなくてむしろ好きなんですが(今度そういう記事を書きます)、そのカウンターとしての今回のような歌詞はこれからも生き延びていってほしいなと思っています。

米津玄師はいままでこちらの曲の歌詞についても見てきました。よければどうぞ〜🌾

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たくさん読んだね! でも最近の曲ぜんぜん目を配れてないので改めてちゃんと見てみたい気持ち……。

Pale Blue

Pale Blue

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