5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

タクシーと常磐線 - 米津玄師『灰色と青(+菅田将暉)』

あいつから電話がかかってきたのは、いまと同じ、夏の終わりごろのことだった。

袖丈が覚束ない夏の終わり
明け方の電車に揺られて思い出した
懐かしいあの風景


米津玄師 MV「 灰色と青( +菅田将暉 )」

米津玄師『灰色と青 ( + 菅田将暉)』歌詞(歌ネットへリンク)

Side A

当時、僕はイベント企画の仕事をしていた。イベントといっても華やかなものではない。スーパーマーケットやホームセンターに販売士を派遣して、洗剤やら家庭用品なんかを売らせる仕事だ。

仕事の内容は多岐にわたる。営業が書いた予算と企画書の内容に基づいて、販売士と小売店をブッキングする。必要な機材があれば仕入れて、小売店に申請書を書き、タイムテーブルを書く。そんな仕事だ。

たくさんの遠回りを繰り返して
同じような街並みがただ通り過ぎた
窓に僕が映ってる

日本にはたくさんのスーパーマーケットやホームセンターがあり、そのほとんどは自分が知らない街の、自分が知らないチェーンだった。

僕はそれを、ただの情報として処理していた。

この程度の小さなイベントのひとつひとつに肩入れしていくことなんかできないからだ。

週末になると自分が携わったイベントがいくつも実施され、その結果商品の売上が伸びたり、伸びなかったりした。

伸びても伸びなくても、僕の給料には関係がなかった。僕は中途半端にでかい会社の、いち会社員だった。その枠の中で、日々適当に手を抜いたりしながら生きていた。

そんな日々を送っていたころだ。夜8時15分。会社を出た瞬間に、あいつから着信があった。

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
ひしゃげて曲がったあの自転車で走り回った
馬鹿ばかしい綱渡り 膝に滲んだ血
今はなんだかひどく虚しい

「久しぶり! いま電話だいじょうぶか? 仕事終わったか?」 着信の完璧なタイミング。こういう器用さは、昔からだった。

あいつは、もともと大学の同級生だった。1年生の最初のクラスで、向こうから声をかけてきたのだった。

同じ旅行系のサークルで、いっしょに馬鹿なことを山ほどやった。自転車で日本一周しようとしてすぐに挫折したりした。3日目の始発で茨城から常磐線で帰ってきたりした。

帰り道もあいつは気丈だった。「来年も再来年もずっとこんな風にふざけていたいよな」って笑った。

あいつはいつも話題の中心で、僕はいつもその輪の少し外にいた。でも自分はそれがよかった。

そしてたまたま、同じ会社に内定をもらい、いま僕が働いているこの会社で仕事するようになった。あいつは営業、僕は企画として。

あいつに営業は天職だったと思う。飛び込みの営業でいくつも大口の発注をもらい、営業の先輩の成績をどんどん抜いていった。

報酬が出るわけでもないのに日本中を駆け回ってイベントに立ち会い、それでまた新しい案件を取ってきたりしていた。

入社したときにはいっしょのイベントを担当することもあるだろうと思っていたけれど、そんなことはなかった。

あいつが取ってくる大口の仕事は、僕の先輩たちが数人で企画を担当した。僕はもっと小さい案件を、ひとりでこつこつとこなした。

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

自分は、べつにそれでかまわないと思っていた。あいつは別に、小さい仕事を軽く見ているわけではなかった。対地が変わっても、前と変わらないものがあった。

同期で飲み会をしても、自然とあいつは話題の中心になった。それでもみんなに気配りを欠かさなかったし、そういうところがさらにみんなの好感を呼んだ。

だけど、いつしかあいつは会社に不満を抱くようになったのだった。


Side B

忙しなく街を走るタクシーに
ぼんやりと背負われたままくしゃみをした
窓の外を眺める

俺が会社を辞めたときから、彼に連絡を入れることは決めていた。

前の会社では、実際たくさんのことを学ばせてもらったし、感謝はしている。

だけど、仕事上の成果が評価に繋がらないことに、苛立ちを覚えていた。

クライアントたちはみな、会社にではなく、俺に発注しているのだということを繰り返し話してくれた。

独立には、勝算があった。ただひとつ、彼の協力が得られれば。

「久しぶり! いま電話だいじょうぶか? 仕事終わったか?」

電話をするのは、正直なところ非常に緊張した。だけど、アポを取り付けて会ってみたら、大学時代のような気持ちがすぐに戻ってきた。

やれると思った。

心から震えたあの瞬間に
もう一度出会えたらいいと強く思う
忘れることはないんだ

年が明けて、彼といっしょに働き出すようになった。

俺は、前職での彼の仕事のことをよく見ていた。彼は小さい案件しか任せられていなかったけど、ミスもなくきちんとこなしているのをちゃんと知っていた。

彼はやりがいが足りないだろう、と俺は思った。あのころみたいにふたりで二人三脚でやれば、もっとでかい仕事だってできるはずだと考えていた。

しかもそれが頑張っただけ実入りになる。こんなにいいことはないじゃないか。

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
靴を片方茂みに落として探し回った
「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と
無邪気に笑えた 日々を憶えている

それでもやってみると仕事は簡単ではなかった。ひとりでやっているときはまだ気楽だった。失敗したらやり直せばよかった。

いまは違う。従業員をひとり抱えた経営者になった。

終わった案件の振り込みがなくて、何度も電話をかけたりもした。資材が足りなくて、電話で呼び出され九州まで駆けつけたりもした。

それでも「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と笑いあった。俺たちは、自分たちだけの道を切り開いている、という、手応えがあった。

仕事はどんどん湧いてきた。評判が評判を呼んだ。イベントの立ち会いは当たり前になった。北海道でも沖縄でもどこでも飛んでいった。昼も夜もなく働いた。それが自分の、そして彼の幸せにつながると信じていた。

どれだけ無様に傷つこうとも
終わらない毎日に花束を
くだらない面影を追いかけて
今も歌う今も歌う今も歌う

大学のころ、常磐線の始発を待ちながら、「いつまでもこんな風にふざけていけたらいいよな」って笑いあったのを思い出した。あのときの理想を、ずっとふたりで追いかけていた。

つもりだった。


Side A

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何故か訳もないのに胸が痛くて
滲む顔 霞む色

僕があいつから声をかけられたときには、いまと同じように、企画の仕事を続けてくれたらそれでいい、と言われたように思う。

もちろん、ナイーブに言葉通りのことを信じていたわけではなかった。たったふたりでやっていく会社なら、もっとたくさんのことをしなくてはならなくなるだろう。

年金事務所から、市役所からも、税務署から、銀行から、ひっきりなしに電話がかかってきた。もちろんクライアントから、販売士から、そして店舗からも、昼夜関係なく連絡が入った。

あいつが事務所を開けている間、事務の仕事を放り出すわけには行かなかった。必然的にそれは僕の仕事になった。

でもその間にも、本業を進めていかなくてはならなかった。

スライドを作り、表計算をし、印刷して捺印して封入して、そうやっていたら空が白み始めた。

その空が続くどこかで、あいつも仕事のために駆け回っていた。

そういう日が何日も続いた。

僕は席から立ち上がって、プリンタのところに印刷を取りに行こうとした。

その瞬間、視界が歪んだ。

大きな音がして、目の前は真っ暗になった。

今更悲しいと叫ぶには
あまりに全てが遅すぎたかな

気づいたら視界は灰色だった。事務所の床のカーペットの色だった。

息を吸ったら吸えた。立ち上がったら立てた。なんだ、意外と平気じゃないか。

業務端末を見た。着信が11件も来ていた。

一番古いものは、2時間ほど前のものだった。クライアントだ。こんなに長く待たせてしまった。

折り返しのコールを聞きながら、しかし、僕の脳裏には、初めての思いが去来した。

“こんなはずではなかった。”

もう一度初めから歩けるなら
すれ違うように君に会いたい

大学のときのあいつの笑顔を思い出していた。

嫌いな存在ではなかった。いっしょにいて楽しかった。

同じ会社に入って、本当に心強いと思った。あいつと仕事上の立ち位置は変わってしまったけれど、それでもずっと、対等に付き合ってくれた。

あの日電話が来て、いまの仕事に引き抜かれたとき、名誉なことだと思った。僕を選んでくれるなら、その期待に応えようと本気で思った。

努力した。あいつは自分の仕事に本気だったし、自分も本気だったと思う。

だけど、もうついていけない。

どこで掛け違えてしまったんだろう、と思う。

どこかで、決定的に間違えてしまった。

いっしょにいて楽しい存在だったのに、いつの間にかそうではなくなってしまった。

もしもう一度初めから歩けるなら。

もう一度初めから歩けるなら、そう、すれ違うようでいい。


Side B

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

俺は常磐線でのことを考えていた。

あのときに笑いながら語り合ったことに、少しずつ近づいていると思っていた。

彼から辞意を聞いたとき、ものすごくショックだった。

と同時に、どこかでそうだろうなと納得する自分もいた。

俺たちは違う場所にいた。だけど、同じ方を向いていると思っていた。

でもそれは勘違いだった。

俺たちは、いつしか同じ場所にいた。だけど、別々の方向を向いていたのだ。

そう考えている間にも、クライアントからの電話は鳴り止まなかった。

俺はまた出かけた。仕事をしている間は頭を空っぽにできた。

空っぽにしてしまってはいけないのに。


Side...

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何もないと笑える朝日がきて
始まりは青い色

結局のところ、ふたりとも、まだまだ若かったのだと思う。

大事なことを、もっとふたりで話し合わないといけなかった。

でもそれはできなかった。

空を見上げると、始発の常磐線を待ったのと同じように、朝日が昇り始めた。

あのときの空と同じ、青い色。


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