5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

樽美酒研二『新NISA始めます。』 - 「新NISA“に”頼る」か「新NISA“を”頼る」か

樽美酒研二『新NISA始めます。』、いい曲ですね〜〜!

この曲のYouTube動画のコメント欄を見ると、

V系好きのアラフォーがしっかり栄養補給出来る仕上がりで草
かっ………こよすぎて 惚れた 執事っぽい でも歌が笑 「年金を信じたい」「今は心臓をささげて」真剣に歌ってるの最高

といったコメントが溢れていますが、テーマは新NISAです。

歌詞を文字に起こしてみると、

この身が壊れたなら
どうすればいいの?

とか

今は信じ夢描いて
天国への架け橋をそっと築く

とかって歌詞が出てきていてラブソングみたいに聞こえますが、実際にはこれはNISAへの想いを伝える曲です。対象がずれているんですよね。

このずれ、「に」と「を」のずれとして捉えてみました!

歌詞

公式の歌詞はいまのところ見当たらないけど、動画から起こすとこういう感じになるはず。

今回は下記をもとにします。

働いて 働いて
身を粉にして働いて
足を止めて気づいた
一人俺は何してんだろ

この身が壊れたなら
どうすればいいの?
藁にも縋れるのなら
掴み手繰り寄せて離さない

新NISA始めます
制限まで 積み立てる
今は信じ夢描いて
天国への架け橋をそっと築く

服脱いで 脱がされて
身を粉にして働いて
足を止めて気づいた
老いてる俺は何してんだろ

今の仕事し失ったら
どう生きりゃいいの?
貴方に縋れるのなら
掴み噛んで 揉んで
縛りたい!

年金を信じたい
老後はゆっくりしたい
今は 心臓を捧げて
一歩一歩 歩んでく

新NISA始めます
千円ずつ 積み立てる
S&P500 個別株
オルカン?で悩んでThursday
Friday&Saturday...
Sunday...

働いて 働いて
身を粉にして働いて
足を止めて気づいた
一人俺は何してんだろ

「に」と「を」のずれ

いったんAメロから改めて見てみます。

働いて 働いて
身を粉にして働いて
足を止めて気づいた
一人俺は何してんだろ

忙しい毎日の中で、突然我が身をかえりみる歌詞はふつうのラブソングにもいっぱいあります。

この曲はラブソングのお作法と同じ作りでできているように思います。

たとえばレミオロメン『3月9日』とかはそうですよね。

たしかに〜〜!

『新NISA始めます。』で、続くBメロの部分はこれからの未来を不安に思うシーン。

この身が壊れたなら
どうすればいいの?
藁にも縋れるのなら
掴み手繰り寄せて離さない

これもラブソングでよくある感じです。

いきものがかり 『茜色の約束』とかはBメロの佇まいが似ている感じ。サビに向けて希望が出てくる感じも近いですね。

再び『新NISA始めます。』に話は戻ります。

この曲でもBメロの終わりには希望の萌芽がありましたが、この希望の宛先はラブソングを支える「あなた」とかではありません。

新NISAです。

サビはこう。

新NISA始めます
制限まで 積み立てる
今は信じ夢描いて
天国への架け橋をそっと築く

ということで、ラブソングの対象は定番の「あなた」ではなくて「新NISA」であるところに、この歌詞のずれとおもしろさがあります。

ところで、この曲の主人公の気持ちを動詞ひとつでなぞらえるなら「頼る」という動詞がひとつしっくりきそうです。

「頼る」という動詞には「〜に頼る」という言い方と「〜を頼る」という言い方があります。

どちらも使える場合もあれば、片方にしか使えない場合もあります。

ここから、その違いについて考えてみます。

たとえば、「〜に頼る」という言い方を探してみます。(ここでBCCWJを開く)

「雑誌やテレビに頼る」(LBm2_00035)という言い方がありました。これは実例もあり自然な言い方だと思います。

ホルモン剤に頼る」(OB4X_00091)という言い方もありました。こちらも自然そう。

一方で「〜を頼る」という言い方も探してみます。

「子供はあなたを頼ってくれません」(OC09_04322)

「有力者を頼って訴訟が有利に運ぶように働きかける」(PB13_00203)

どちらも問題ない言い回しだと思います。

ところが、これの「に」を「を」へ入れ替えてみます。

「雑誌やテレビ頼る」はどうでしょうか。雑誌やテレビしか手がかりがなく、それだけが頼りだって感じが出てるかも。

ホルモン剤頼る」だとだいぶ依存している感じが出ます。

逆も見てみます。「に」を「を」に変えてみます。

「子供はあなた頼ってくれません」では、そんなに変じゃないかも。わたしは両方使えそう。

「有力者頼って訴訟が有利に運ぶように働きかける」だとどうでしょうか。わたしはなんか頼り方が子どもっぽいというか、べたべたした頼り方をしているように感じます。変ではないけどちょっと不自然かも。

……と考えると、「に」→「を」に変えるとだいぶ頼り方が重く、逆に「を」を「に」に変えるのは状況によっては変ではないかも、という感じがします。

ところで、「新NISA□頼る」って文があったとき、入るのは「に」か「を」のどちらでしょうか?

これふつう「に」だと思うんですよ。

「新NISAに頼る」、うん、自然です。

ところがこの歌詞だと違います。

「新NISAを頼る」、という状況になってしまっているんじゃないかと思います。

さっきも見たように、「に」を「を」に変えるとだいぶ重い感じが出ます。

その重さが心地よい不自然さになって、この歌詞のおもしろさに結びついているんじゃないかと思いました!


ところで私の手元に森田良行『日本語の類義表現辞典』という本があります。

この本に「「息子に頼る」か「息子を頼る」か」という章があり、ここで挙げたのと同じテーマが3ページにもわたって扱われています。

えぐいおもしろいのて絶対手元に置いて読んだほうがいいよ……森田良行は天才……♡