先日Creepy Nuts『Bling-Bang-Bang-Born』の歌詞の譜割りの話をしました!
今回も引き続き同じような話をします。
今度は似たメロディ、似た譜割りポリシーだけど異なる2曲、を比べてみます。
乃木坂46『今、話したい誰かがいる』と、Peel the Apple『夏、恋はじめます』です。
まずは乃木坂から
まずは乃木坂46『今、話したい誰かがいる』です。
サビの部分はこういう感じ。
それが恋と知ってしまったなら
こんな自然に話せなくなるよ
メロディーはきれいに形が整えてあって、12音にプラスして8分音符3つ分のアウフタクトがあります。15音でひとつのまとまりです。
この15音のそれぞれに対して、1つずつモーラが割り当てられているのがこの歌詞の基本方針です。
秋元康は基本的にだいたいそうで、1つの音符に対して1つのモーラを当てるのが好きみたいです。
たとえばAKB48『恋するフォーチュンクッキー』。
サビの「フォーチュンクッキー」の部分は音符が8コでできています。
それに対してこの曲は「フォーチュンクッキー」という8モーラを1つずつ割り当てています。
元になっている英語は「for・tune cook・ie」と4つのシラブルになっているので、これが英語の曲だったらたいてい4つの音符で間に合わせられるはず。
そこをわざわざ2倍の音符を割り当ててそれを表現するのが秋元康のやり方です。
それをダサいとか垢抜けないとかといった口さがない下げ方をする人はちょいちょいいますけど、わたしはそうは思いません。
1音符に対して1モーラを割り当てる譜割りは聞きやすいし、(集計してみたことはないけれど)今でも多数派だと思います。
ところでこの曲はその原則に反している部分があります。
目立つところはサビの後半。
目の前にはいつもヒントがあり
紛れもない過去の答えがある
あきらめるなら一人でいいけど
夢を見るなら君と一緒がいい
話したい誰かがいるってしあわせだ
「一緒がいい」の「いっ」のところ。
ここは2モーラなのに1音符に乗っています。ここまで確認してきた原則の例外が現れました。
こういう小さい「っ」で記載されるやつは音韻的には促音と呼ばれるものです。
この曲では促音であればなんでも原則を崩すのではなく、歌詞の割り振りで一時的にそういう場面が現れることがある、というのがポリシーみたいです。
その傍証として「誰かがいるって幸せだ」の「っ」はこれまでの原則通り1音符が割り当てられています。
「いーるうて」という感じで、前の母音を引き継いだ「う」の音で歌われる音符が出てきていました。
それだけ踏まえて次に進みます。
次はぴるあぽ
もう1曲はPeel the Apple『夏、恋はじめます』です。
夏
私は恋をはじめます 友達を卒業します
独り占めしたいよ君を それってわがままかな?
こちらはサビ頭に2拍のアウフタクトが入り、そのあとは8分音符が12音並びます。2回し目は若干リズムに変化がありますが基本は同じ。
乃木坂46『今、話したい誰かがいる』と、Peel the Apple『夏、恋はじめます』はサビのメロディがリズムの観点でよく似ているのです(あとタイトルに読点が入るところも同じ)。
この曲には「それって」のところに先ほどの促音がありますが、ここではきちんと原則通り1モーラが1音符に対して割り当てられています。
ところが、この曲にも例外的な部分があります。サビの後半です。
波音に紛れて 好きだと言ってしまいたくなる
でも言えない I love you
この部分の「し」です。
ここは無声化母音という現象が起きています。
「し」の母音の部分は発音されず、「好きだと言ってsまいたくなる」とでも表記できそうな歌い方になっています。
母音が歌われないことによって、この音の存在感が相対的に減少していて、それが「し」が音符を失っている根拠になっているように感じます。
読もう先行研究!
実はこういう現象には日本語学における先行研究があります。まじかよ。
というわけで平田秀「リズムからみた日本語歌謡曲 –2010年代から2020年代の楽曲を題材に–」『日本語学』2021春 p.112(明治書院)を見てみます。
日本語のモーラは自立モーラと特殊モーラがあり、歌詞になったときに音符が割り当てられながちなのは特殊モーラの方です。
特殊モーラには以下の4つがあります。
- 二重母音の後半(「あい」の「い」)
- 長母音の後半(「とうきょう」の2つの「う」)
- 撥音(「かん」の「ん」)
- 促音(「おもった」の「っ」)
この種類によって音符の割り当て度合いが異なることが先行研究で知られており、孫引きになっちゃうけど窪薗1999によると、
の順で自立しやすいと言われています。促音は自立しにくい(音符が割り当てられにくい)ということです。
これ、さっきの乃木坂46『今、話したい誰かがいる』の例ともちゃんと合うんですよね〜!
『今、話したい誰かがいる』では、音符が割り当てられなかったのは促音でした。
先行研究で最も自立しにくいと言われていたのが促音だから、ちゃんと符号した!すごい!
一方でPeel the Apple『夏、恋はじめます』で音符が割り当てられなかったのは「し」の音。
これはそもそも特殊モーラではなく、自立モーラ(ふつうのモーラです)の中の母音が無声化した音です。
自立モーラの音符の割り当ては先行研究が見当たらない感じ(わたしは先行研究を探すのが極端に苦手なので存在している可能性めちゃくちゃあります)……。
なのですが、前回考えたハ行の例はすべて自立モーラです。
基本的には母音の無声化という今回と同じ現象を捉えたものとしてよさそう。
さらに母音の無声化もしていないのに音符の割り当てがない譜割りもあります。
サザンオールスターズ『愛の言霊 (ことだま) ~Spiritual Message~』がそう。
生まれく叙情詩(せりふ)とは 蒼き星の挿話(エピソード(そうわ))
夏の旋律(しらべ)とは 愛の言霊(ことだま)
「とは」とか「そうわ」とかが1音符に割り当てられています。
こういうやつも先行研究あるのかな……だれか知ってたら教えてほしい〜〜!
ところで最後に乃木坂46『今、話したい誰かがいる』と、Peel the Apple『夏、恋はじめます』に戻ります。
1音符に1モーラを割り当てるのを基本としたときに、例外的な部分はきっと聴きづらくなることと思います。
夢を見るなら君と一緒がいい
は「ゆめをみるならきみといしょがいい」に聞こえやすいはずです。
「いしょ」という言葉はすでにあるからミスリーディングのように思います。
だけど「一緒」はこの1行にとってとても大事なひとことで、メロディの起伏と合わせてそれを印象付ける効果があるかもしれないです。
一方で
波音に紛れて 好きだと言ってしまいたくなる
は「なみおとにまぎれてすきだといってまいたくなる」と聞こえる可能性はありそう。
ここでは「し」が聞こえなくなっても特に理解に支障はありません。「言ってまう」みたいに使える方言もありますよね。
こんな風に一般化ではなくて歌詞ごとの個別の事情を踏まえても見えるものがあるかもしれないですね〜!
というわけで、乃木坂46『今、話したい誰かがいる』と、Peel the Apple『夏、恋はじめます』でした。
こないだTIFという女性アイドル中心大型フェスイベントに行ってきたんですけど、そのときはつみみの曲でめっちゃ心をつかまれたのが『夏、恋はじめます』でした。
調べてみたら作詞作曲は多田慎也(AKB48『ポニーテールとシュシュ』の作曲者)でした。なんか秋元康の曲調だな〜〜譜割りも同系統だな〜〜って思ってたんですけどまさかね!!
そのとき歌っていたのはPeel the AppleではなくてSUPER VENUSというユニットでした。
いつかPeel the Appleでも聴いてみたい!!