「好き」って言って 「好き」って言って
引用したのは、DECO*27 feat.初音ミク『おじゃま虫』って曲の冒頭です。
これは歌なのでメロディに乗っているわけなんですけど、それにしてもこの部分の歌い方、しゃべるのとすごく似てないですか?
「すきっていって💕」
↑これを読み上げると、だれでもある程度共通した特徴が出ると思います。
「す」より「き」が高くなって、そのあと「っていっ」がリズミカルに下がっていって、最後の「て」でまたちょっと高くなる、みたいな。
そしてその特徴は、この歌の歌われ方と、なんだか似ています。
「なんだか似ている」ってどういうことでしょう?
きょうはそんな話をしたいです!
「私財法」のシンコペーションはどこから? 答えはフットから!
ちょっと違う話から始めていいですか?(いいよー)
私が大学時代に課題制作で使うためにストックした「口に出すと口が気持ち良くなる言葉」です。ご確認ください。 pic.twitter.com/8A1ILmghYg
— 機械仕掛 (@kikaijikake) December 4, 2014
「口に出すと口が気持ち良くなる言葉」の類として、よく挙がる言葉があります。
「墾田永年私財法」です。
そしてこの言葉、「シンコペーション」を感じるワードとして、Twitterではよく話題に上がっています。
Wikipediaを引用するんですけど、シンコペーションっていうのは「西洋音楽において、拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果をもたらすこと」です。
たしかに「墾田永年私財法」って、
タンタンタンタン・タタンタターン!!
って雰囲気で、たしかに後半のリズムに変化が感じられるんですよね。
でもそれって、なぜなんでしょう…?🤔
そんなあなたに音韻論から便利概念をご紹介します。「フット」です!
国際交流基金『音声を教える (国際交流基金日本語教授法シリーズ2)』(2016)ひつじ書房によると、フットとは「その言語のリズムのもとになる単位」と言われます。
超絶ステキ本です。
日本語にはモーラという単位があります。だいたいひらがな1文字が1モーラ。小さいゃゅょはカウントしないので、俳句とかで数えるときに自然に使えるのがモーラという単位です。「チョコレート」なら
で5モーラです。各モーラだいたい均等な長さをしているという特徴があります。
でも、わたしたちはこの5つをばらばら対等に発音しているわけではありません。
2モーラを1つずつのセットにまとめて発音しています。
その組のことを「フット」と呼びます。「チョコレート」は
の3フットになります。
で、大事なのはこのフット、日本語では四分音符ひとつぶん(♩)のリズムを形成する(と考えるとわかりやすい)ということです。
チョコレートは
こういう風になります。
フットは基本的には2モーラで1フットになるので、最初から2モーラずつ数えて、それぞれペアにしていけばフットを作ることができます。
しかしじつは完全に最初から順番というわけではなく、重音節が優先で1フットを形成し、残りが左からペアになる、というのがルールになっています。
重音節とは、
- 2モーラ目が長音(「カー」とか「ビュー」とか)
- 2モーラ目が撥音(「かん」とか「ねん」とか)
- 2モーラ目が促音(「きっ(ぷ)」とか「しゅっ(ぱつ)」とか)
- 二重母音(「あい」とか「そう」とか)
という感じです。詳しくは『音声を教える』読んでね。
ねえでもこれってすっごく残酷じゃないですか…。
だってたとえていうなら、先生が
「近くの人とふたり組つくってくださ〜い!」
って言ったとして、わたしはすぐとなりにいるあの子とペアになろうとしてんのに、その子はもうわたしに背を向けて反対側の子とペアになっている、というのと同じなんですよね。は???👊👊👊(そしてわたしはぼっち)(よみがえる過去の記憶)
それが「墾田永年私財法」の後半で起こっています。
ここまでは最初から順に2モーラずつをペアにすることでフットが形成されます(偶然すべて重音節です)。
が、このあと。
となるならよいのですが、「ざい」は重音節なので、このふたりが先にペアになります。
その結果、「し」はぼっちになり、ひとりでフットを形成せざるを得なくなります。
ふたりひと組のフットは四分音符(♩)ですが、ひとりのフットは八分音符(♪)になります。
すると、フットはこうなりそうです。
しかし、こうはなりません。
さいごの「ほう」が重音節だからです。このふたりはペアになります。
その結果、「の」がぼっちになり、ひとりフットになります。
これでフットの分割ができました。
音符と合わせると、こうです。
「ざい」のところでリズムが半拍“食って”いるのがわかります。
これが「墾田永年私財法」でシンコペーションを感じる正体だったわけです✨
あなたの「好き」はどこから? わたしは半拍前から!
さて、本題のDECO*27 feat.初音ミク『おじゃま虫』の話に戻ります。
「好き」って言って 「好き」って言って
このフレーズをフットに分けると、
になります。「しざいのほう」のシンコペーションと似たリズムが形成されています。
ということは、リズムとしては1小節目から割り振ることになるはず…。
と思うのですが、実際にはちがいます。「す」が“食って”いて、半拍前から始まります。
実際に聞いてみるとその差ははっきりします。 1拍目から始まるパターン。へんです。
本来のバージョンはこうです。えっぜったいこっちのほうがいいよ!!
でもこの違いは、いったいなぜなのでしょう……🤔
楽典を開いてみます。わたしは本では持ってないのでネットで…。
4/4拍子の曲では、一般に1拍目が一番リズム上強い拍だとされるようです。
そんな1拍目に「す」を持ってくるか「き」を持ってくるか、がいまのわたしたちの悩みです。
『NHK日本語発音アクセント新辞典』にはこういう風に書かれています。
点々の丸で囲まれているのは母音の無声化を表しています。「す」を「su」と書いたとしたら「u」の部分を言わない、という感じです。たしかにそうなるよね…。
「\」はアクセント核を表しています。一般にはアクセント核があるところが高く発音されるので、「すき」は「す↗︎き」と発音されるはず(母音が無声化するとピッチが出ないのはそれはそうなんですが…)。
「韻律読み上げチュータスズキクン」でもわたしが思っているのと同じ感じになっています。
また、そもそも「す」は母音の無声化によって「s」しか声帯振動が残らないので、正直あまりよく聞こえないんですよね…。
というわけで、「す」よりも「き」のほうが目立って聞こえるのが自然なはず。
だとしたらリズム上強い拍に当たる1拍目に、「す」よりも「き」を当てたほうが相性がよくなるんじゃないでしょうか。
そうして生まれたのが、いまわたしたちが聞いている
「好き」って言って 「好き」って言って
のリズムなのではないかな、と思いました。
単純な四分音符と八分音符の組み合わせだけど、こうやって考えると、言葉の響きがいちばん引き立つように丁寧にあてはめられているよね、というのをよく感じるのでした。
これを踏まえてもう一度聴きましょう〜♪
ということで、DECO*27 feat.初音ミク『おじゃま虫』でした。
途中で「韻律読み上げチュータスズキクン」のピッチ曲線をご紹介したんですけど、この曲線、曲のメロディの上下ともぴったり一致しているんですよね…。
DECO*27マジでおそろしいよ………。
以前『ゴーストルール』の歌詞についても考えたことがあるのですが、こちらでもやはり譜割りとモーラがきれいに対応していて、よく考えられた匠の技を感じます✨
あとこの本はまっじでおすすっめなのでぜひ手に取ってほしい!
日本語のフットの概念、専門的な知識なくてもある程度つかめる感じで書いてある本ほとんどなくないですか……💦
https://music.apple.com/jp/album/%E3%81%8A%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%BE%E8%99%AB-feat-%E5%88%9D%E9%9F%B3%E3%83%9F%E3%82%AF/820862969?i=820862995&uo=4&at=10lrtS
わたしは専門家ではないので、間違いがあったらご指摘ください…🙇♂️
きょうもたのしかったです!