5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

別れる人と、残される人とを結ぶ紐帯 - Official髭男dism『アポトーシス』

こんにちは。

大人が子どもと違うところはたくさんあるけど、そのひとつに“自分の判断で自分の役割を終えてもいい”っていうのがあると思うんです。

子どもは自分の判断で学校を卒業したりはできないんだけど、大人は自分の判断で会社を辞めてもべつにいいんですよね。

この間も新年度があって、身近なたくさんのひとが自分の判断で自分の役割を終えて、新しいステージへ向かって旅立って行きました。

そういうとき、ほとんどの場合わたしたちは“残される側”になります。


Official髭男dism『アポトーシス』はこんな歌い出しです。

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン
こんな話をそろそろ しなくちゃならないほど素敵になったね

この歌詞を、死別と思って読むのもいいけれど、それよりも“自分で決めた一区切り”のことだと思うとまたちがう風に見えるよね、と思ったので、今回文章にしました。

Official髭男dism『アポトーシス』歌詞

別れる同士のふたりを結ぶもの

恐るるに足る将来に あんまりひどく怯えないでダーリン
そう言った私の方こそ 怖くてたまらないけど

こう歌う主人公の「私」は、自分で一区切りを決めた側の人間です。

そして話しかけられている「ダーリン」は、残される側の人間です。

このふたりは決定的に立場がちがいます。見える世界もぜんぜんちがうはずです。

ところがこの曲では、このふたりに境界を引こうとはしません。みんな同じ、とずっと繰り返します。

さよならはいつしか 確実に近づく
落ち葉も空と向き合う蝉も 私達と同じ世界を同じ様に生きたの

残す側も残される側も、「さよなら」という紐帯でつながっている点で同じです。

しかもその共通点はふたりだけにあるのではなく「落ち葉」も「空と向き合う蝉も」、同じだというのです。

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる
なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る

わたしは小学生のときから、3学期が一番好きで、しかも3月が一番好きでした。

小学生の年度末のお別れは自分で選んだものではないけれど、だけど自分で決めるお別れと同じ要素もあります(ヒゲダンもそう言ってたし)。

お別れが決定づけられている状況だと、みんな互いに優しくなれて、限られた時間の中でいっしょにできるだけやったことしなきゃ、と思うような、そういう気持ちになるんですよね。

「なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る」を、わたしはそういうふうに理解しました。すごく腑に落ちるんだよな。

「ない」ことの描き方

この歌詞のふたりは、「さよなら」で結ばれている点で共通点があるだけではありません。

ふたりとも「空っぽ」という共通点を持っています。

別れは悲しいことだけど、1行目で主人公はこう歌いました。

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン

別れは悲しむべきことではないのです。

だけど、代わりに持つ“べき”感情は、この歌詞の中では描かれません。

代わりに出てくるのは、持た”されてしまう”感情ばかりです。

そう言った私の方こそ 怖くてたまらないけど

怖く思いたいわけではないのに怖くなってしまうとか。

なるべく遠くへ行こうと 私達は焦る

焦りたくないのに焦ってしまうとか。

いつの間にやらどこかが 絶えず痛み出しうんざりしてしまうね

うんざりしたくないのにうんざりしてしまうとか。

今宵も明かりのないリビングで 思い出と不意に出くわしやるせなさを背負い

背負いたくないのにやるせなさを背負ったり。

そしてふたりの中に残るのは、何の感情でもありません。

似た者同士の街の中 空っぽ同士の胸で今
鼓動を強めて未来へとひた走る
別れの時など 目の端にも映らないように そう言い聞かすように

ふたりは「空っぽ同士」です。

ここで「空っぽ」に目を向けられるのってすごく誠実だと思います。

本当に明るくて前向きで希望に満ちた未来へ向かって旅立つ別れはこの世にもちろん存在して、そういう人に向けては明るい言葉で送り出してあげたいと思います。ほんとにそう。

だけどそうじゃなくて、思い出に感情を掻き乱されたり、背負わされたどうしようもなさを抱えたりしたまま、それでも選ばなければならない別れもあって、そういう別れに対して向き合う目線に嘘を混ぜない歌詞だなって思います。

思えば、この何かの“なさ”は、この曲にたびたび描かれています。

水を飲み干しシンクに グラスが横たわる

空っぽのグラス。

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに鎮まり返ってる

お祭りを終えた静寂。

落ち葉も空と向き合う蝉も

空蝉。

それでもふたりは別れを選択する勇気があります。

似た者同士の街の中 空っぽ同士の腕で今
躊躇いひとつもなくあなたを抱き寄せる

ふたりの中の空白に、これからもお互いが収まるから。


Official髭男dism『アポトーシス』でした。

アポトーシス

アポトーシス

別れを選んだみんなと、残るほうを選んだわたしたちの次のページには解説はないけれど、だけどこれからも全員にいいことたくさんあるといいなと思います。