5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

新生活を送る主人公へ - じん(自然の敵P) feat.初音ミク『失想ワアド』

こんにちは。

www.youtube.com

今回はじん(自然の敵P) feat.初音ミク『失想ワアド』の歌詞についての短いお話。

この曲、ちょうどいまの時期にぴったりだと思うんです。

鏡の中から「おはよう、朝だね」
いつも通り 表情は最悪

ぎこちない笑顔も 寝癖も 仕草も
何もかも 嫌になるなぁ

朝、鏡に映る自分におはようのあいさつをしているの、マジで新生活のイデアみたいじゃないですか!

っていうだけの記事です。

じん(自然の敵P) feat.初音ミク『失想ワアド』歌詞(初音ミクWikiへリンク)

言葉を失う

鏡の中から「おはよう、朝だね」
いつも通り 表情は最悪

主人公が鏡に向かって「おはよう、朝だね」とつぶやいているのは、もちろん練習です。

4月に始まった新生活。新しいひとたちとちゃんと仲良くなりたくて、鏡と向き合うぐらいの強さは身につけた主人公がここにはいます。

「表情は最悪」だけれども。

ぎこちない笑顔も 寝癖も 仕草も
何もかも 嫌になるなぁ

理不尽だな

鏡に映る自分の笑顔も寝癖も仕草も何もかも嫌になる気持ち、わかるよ。

鏡の向こうの自分キモいよね…。

伝えたいことなら 人並みにあるけど
何一つも 言葉に 変わらない

俯き加減に 今日も口籠る

「挨拶もできないんだね かわいそう」

気持ちが言葉にならなくて、口籠ってばかりの自分に、鏡の向こうからもう一人の自分が心ない言葉を投げかけます。言動までキモい。

でもそれは自分の中にいる他人の像が、投げかけるのと同じです。

庭のハナミズキは綺麗で
ただ羨ましくて 見ていた

それに引き換えたなら 私は

本当、ダメな子だ
このまま いなくなれたら

自分をだれかと比べてしまって自己嫌悪に陥るのも新生活あるある。

新しい学校では同級生がみんなめっちゃ勉強できるコミュ強に見えるし、新しい会社では同期も先輩もみんなめっちゃ仕事ができて、自分だけがこれから足を引っ張ってしまいそうに見えます。

不思議なことに この世界は
「普通なこと」が 難しくて

言葉一つも 返せないのが
バカらしくって 泣いている

新しい環境で新しいだれかと仲良くなって、新しいことをできるようになるのは「普通なこと」。

なのに、それがぜんぜんできません。

そうして「言葉一つも 返せない」のはすごく悔しいことです。

めくるめくような 勘違いを
繰り返して 嫌いになった

つぼみのままで 枯れてく
未来に 言葉が見つからない

怖がったような 変な顔
逃げちゃうクセ ダメだ、ダメだ

恥ずかしくて 口を噤む

・・・ほんとう、嫌になるなぁ

その主人公を「つぼみ」と呼ぶの、わたしは心底ぴったりだと思っています。

「「挨拶もできない」ところ。

「言葉一つも 返せない」ところ。

「恥ずかしくて 口を噤む」ところ。

そしてそれを『失想ワアド』とまとめるタイトル。

すべてがひとつの線上に浮かびます。

言葉を(再び)つかまえる

凛と咲いた声で 笑える人がいて
花のような言葉を 交わす

鏡の中から 途端に責める声
「・・・私にはできないんだよ ごめんね」

「つぼみ」である主人公と対比して、周りの人たちは「花」と呼ばれます。

そういう人たちへの憧れを、鏡の向こうのもうひとりの主人公が「私にはできないんだよ」といなしてしまいます。

ここではっきりしてくることがあります。

この曲の中で、ずっと主人公から言葉を奪ってきたのは、鏡の向こうの主人公だったのです。

ほかのだれかではないのです。

それは 絵に描いたような世界で
ただ羨ましくて 見ていた

邪魔にならないように 私は
私は どうしよう

失くしたい 失くせない あぁ

主人公はいままで言葉や想いを失くしてきました。

ここで主人公が「失くしたい 失くせない」とアンビバレントに吐露しているのは、自分自身への感情みたいに見えます。

自分自身の想いを言葉にすることによって曲げるようなことはしたくないし、でも言葉にしないことによって曲げてしまうのも本意と違うのです。

溢れ出した 自分自身は
ひどく惨めで 汚くって

誰にも知られないようにって
部屋の隅で 泣いている

「失くさなくても 大丈夫」って
不意に声が 耳に届いた

魔法みたいな 響きに
なぜだか 言葉が見つからない

怖がってないで 声にしよう
言いたいこと 「話せ、話せ」
間違ったような 「泣声(こえ)」が出た
・・・ほんとう、バカだよなぁ

それに気づくと、「怖がってないで 声にしよう」と歌うように変わります。

「間違ったような 「泣声(こえ)」が出た」のを主人公は自分であきれているけれど、それでも言葉が出たことはいままでに比べたらとても大きな一歩なのだと自分で気づいています。

たどり着いたのは「未来」で
そう、色めくような世界で

大人になっていく私は
変わり続けていく

変わらない想いを
大事に 抱いていく

主人公は以前には「未来に 言葉が見つからない」と歌いました。

それがここでは「たどり着いたのは「未来」」と歌うようになります。

不思議なほどに この世界は
「思い出す」のが 難しくて

忘れたくない 言葉を
失くさないように 伝えて行く

主人公は思い悩んでいた過去を「思い出す」ことからだんだん離れていきます。

「失くさないように 伝えて行く」は、変化と不変が入り交じった難しい所作です。

だけどいまならそれができます。

いつか誰かと この世界で
笑い合えたら ちょうど良いなぁ

そんなことを 考える
未来に 理由が見つかりそう

遠い昔に「凛と咲いた声で 笑える人がいて/花のような言葉を 交わす」というフレーズがありました。

あのときの「笑える人」に、主人公はいま近づこうとしています。

寝癖、直して 外に出よう 
今日もまた 一輪、映える

鏡の中 咲いた花に
「おはよう」を 返したら

1連目に「何もかも 嫌になるなぁ」と投げやりな気持ちになっていた寝癖も、直して外に出ればいいだけです。

主人公は鏡の中で「花」になりました。

ぎこちなく挨拶をする鏡の向こうの自分に、「おはよう」を返しながら。


じん(自然の敵P) feat.初音ミク『失想ワアド』でした。

じんさんの曲はカゲプロのキャラソンとして受容されることが多いように思います。

それはそれでいいんですが、わたしはこのひとの歌詞、曲の中で主人公がひとつ成長するのを描いているという点がとっても好きです。

www.nicovideo.jp

たとえば『想像フォレスト』。

これも、他の人との関わりのために、心の中の扉をノックする、っていう歌詞に読めるんですよね。

よい…非常によい…。

今回の『失想ワアド』は、じんさんの5年ぶりのカゲプロのボカロ曲でした。

5年というと、中2が大1になるだけの時間です。*1

いきがって「目隠ししたまま」の中2が、いろんな経験を経て、大学1年の新生活の時期に「怖がってないで 声にしよう」って境地にたどり着くのです。

そんなのエモじゃないですか…。

だから最高だなと思って、4月のこの時期にこの曲の歌詞について文章にしておこうと思ったのです。

わたしは新生活のみなさんの幸せをお祈りしています☆

*1:「18歳になった少年」!!