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変わること、代わること、替わること - ゲスの極み乙女。『私以外私じゃないの』

こんにちは。

今日はゲスの極み乙女。『私以外私じゃないの』の歌詞のことを考えます。
ゲスの極み乙女。『私以外私じゃないの』歌詞(歌ネットへリンク)

私以外私じゃないの
当たり前だけどね
だから報われない気持ちも整理して
生きていたいの
普通でしょう?
この曲には「私以外私じゃないの」というフレーズが何度も出てきます。
私は思いました。
主人公は、自分と自分以外との間の境界線を探ろうとしてるんだね! アイデンティティだね。青春だね!
ところで、主人公はどうしてこんな青春な悩みに囚われてしまっているのでしょうか。
私は考えました。そしてあることに思い至りました。
キーワードは「ゴーストライター」です。

変わること

まずは「私以外私じゃないの」っていうフレーズのことを考えましょう。
この曲は「変わる」ということがとても大きなテーマです。

冴えない顔で泣いちゃった夜を重ねて
絶え間のない暮らしを今日も重ねた
「絶え間のない暮らし」というフレーズがあります。
現在の延長に未来がある感じ。断絶や、急な変化がない、なめらかな毎日ということです。
数学の用語を使っていうと、微分可能な状態です。

(↑数学のグラフと絡めて考えた回。)
主人公はそういう境遇に身を置いています。

一方で、主人公が恐れているのは、変化です。

映る私は何回も瞬きしては
変わる心に簡単に動揺したわ
瞬きの間にも何かの変化が起きます。私たちにとってはそれぐらいの変化は取るに足らぬことですが、主人公にとっては違います。
瞬きの間の変化ですら、主人公にとっては大きすぎます。主人公は「絶え間のない暮らし」を望んでいるわけです。

だけど意外と目を瞑った瞬間に
悪くないなって思いながら明日を悟ったんだ
だから主人公は内省の世界に逃げ込みます。目を瞑ったら外の世界からは閉ざされるけれど、代わりに自分自身の身体の音を聞くことが叶います。そうして臆病になって、目を閉じつつも、なんとか自分自身の一貫性を確認しようとしています。
自分自身の一貫性。それはつまり、アイデンティティと呼ばれるものです。

私以外私じゃないの
当たり前だけどね
主人公が「絶え間のない暮らし」を望んでいる理由は「私以外私じゃない」からです。
時間の間に絶え間があったら、その隙間で自分自身もいつの間にか変わってしまいます。
時間の隙間に落っこちてしまうのが怖いのです。

代わること

主人公は1連で目を瞑りました。いつまでも閉じたままでいるわけではありません。
この曲をずっと辿っていくと、主人公が目を開けるシーンが出てきます。

私以外私じゃないの
誰も替われないわ
今日を取り出して逃げないようにして
明日に投げ込んで目を開けたんだ
「目を開けたんだ」というシーンが出てきます。1連で目を瞑ったのと呼応しています。
引用した部分は、少しわかりづらく書いてあります。
私なりに補うと、こういう感じだと思います。
今日を (私は)取り出して(私は私を)逃げないようにして
(私は私を)明日に投げ込んで (私は)目を開けたんだ
的な。
つまり主人公は、目を瞑った内省の世界で、投げ込む側と投げ込まれる側に分かれて、一度ばらばらになってしまったのだと思います。それでも明日への意志があって、なんとかして目を開けた結果、主人公はあることに気づきます。
目を開けても、自分は自分のままだった、ということです。
「誰も替われないわ」とはそういうことです。

まとめます。
この曲では「私以外私じゃない」ということばには、ふたつの異なった意味があります。
主人公は最初、変わることに恐怖を覚えていました。それは、変わってしまったら自分でなくなるのではないか、という恐れのせいです。だから主人公には、目を閉じることにすら躊躇いがありました。
「いまの私じゃなかったら、それはすべて私じゃない」と主人公は考えていました。これがひとつめの意味です。

でも実際にやってみて、主人公は変わることなど怖くないと知ります。変わってしまっても自分は自分のままだったのです。自分であれば、どんな自分でも自分だと知るのです。
裏を返せば「自分以外の人だけが自分でない」ということです。これがふたつめの意味です。
主人公は、この曲の途中で、そういう風に、意識を変えたのでした。

替わること

ところで、主人公はどうしてこんな考えに囚われてしまったのでしょうか。
自分が自分であることが、疑われるようなことがあったのでしょうか。
私は、この曲、ゴーストライターに関する曲だと思いました。
たとえば主人公は、最近人気の出てきた有名なミュージシャンです。曲を出せば、どんな内容だってきっとよく売れるでしょう。
でも、時間は有限です。いくらでも新曲を書くというわけにはいきません。
そこで、スタッフが耳打ちしました。
「主人公さんは忙しいでしょうから、ゴーストライターに曲を書いてもらいましょう。」
って。
それを主人公の名義で出したって、どうせみんな気づきっこありません。みんな、曲じゃなくてブランドで聴いているのです。

主人公はそんなこと信じたくありません。
「私以外私じゃない」
そう言って、一度は断ってみせます。けれど。

冴えない顔で泣いちゃった夜を重ねて
絶え間のない暮らしを今日も重ねた
ひとりになって鏡をのぞくと、そこには冴えない顔で、みっともない自分自身の姿があります。
暮らしには絶え間なんてなく、日々忙しくて創作活動の時間もありません。

良くなりそうな明日に期待する度に
何度も今日を鏡台の裏に隠した
そんなとき、スタッフのあの言葉がフラッシュバックします。
ゴーストライターに書いてもられば、きっとラクになります。「良くなりそうな明日に期待」したくもなります。
でもそんな思いが浮上するたび、主人公は安易な思いを「私以外私じゃないの」という表題の言葉でなんとか打ち消します。

殻を破った気になってる誰かの声がしたけど
「思い上がっているんじゃないのか」
と、誰かが自分を揶揄する声が聞こえます。

殻にこもったはずだった私はもうそこにはいない
自分の殻から生まれたはずの言葉が広く世間に流れるいま、主人公は自分がどこにいるのかわかりません。

私になってみてよ、ねえ
私になってみたいんでしょ?
だれかが自分の代わりになってくれたら、という思いが浮かんでは消えます。

声にならない言葉で自分が煙に巻かれた
自分じゃない人が自分として曲を書いてそれが人気になったら、それはどちらがほんとうの自分なんだろう、という思いで、主人公は煙に巻かれるのです。

恥ずかしくて言えないけど
私にしか守れないものを
身を削って紡いだら
案外さ、悪くないかもよ
「私にしか守れないものを」「身を削って紡いだら」という部分があります。
これは、つまり自分にしか書けない曲をなんとか自分で書く、ということです。

主人公は決心するのです。
ああ、やっぱり自分で書こう、って。

だから私はもう怖くないんだ
夜更け過ぎを待つわ
今日も報われない気持ちを整理して生きてたいって思うの
息を吸い込んだ
主人公は1連で「明日」に対して複雑な気持ちを持っていました。
でもいまは違います。「夜更け過ぎを待つわ」と、明日をポジティブな気持ちで迎えられるようになります。
「報われない気持ち」というのは、ゴーストライターが自分のふりをして書く曲のことです。どうしたってきっと少し期待外れなのです。
そんな期待が報われないのなら、自分で「生きてたいって思うの」と、主人公は決心するわけなのでした。
自分で生きていくということは、つまり自分で曲を書くということです。
重たい責任も、期待感も、ぜんぶ引き受ける決心ができたのですね。

というわけで、ゲスの極み乙女。『私以外私じゃないの』でした。

次回こそは、ヒトリエ『るらるら』をの歌詞を読みます。
実はwowakaさんの曲は前からたくさんトライしては挫折してきたのでした。でもね、今回はいま一番いい感じのところまで来てる感あるんだよ♪ もう少しだ!

(2016/07/29加筆修正)