5日と20日は歌詞と遊ぼう。

毎月5日と20日に、J-POPやボカロ曲などの歌詞を読んだり、統計したりしています。twitterは@hacosato。

プレーン、明太、コーン。 - クリープハイプ『イト』

こんにちは。

きょうはクリープハイプ『イト』の歌詞を考えました。

いつかこの糸が千切れるまで 今は踊れ手のひらで
どうか重ねた手の温もりで 何度でも探せ
いつもまとわりつくこの糸を 運命と呼べるその日まで
どうか重ねた手を掴むまで 何度でも壊せ
この曲に出てくる「糸」は多義的です。

「糸が千切れるまで 今は踊れ」っていう1行目からは、操り人形の「糸」をイメージできます。

「この糸を 運命と呼べるその日まで」っていう3行めからは、どうも「運命の赤い糸」のようなイメージがわいてきます。

こんな風に多義的な「糸」がひとつに縒り合わさるとき、見えてくる世界は最初のとはちがうものになるはず、っていう話をきょうはしたいと思います♪


クリープハイプ『イト』歌詞(歌ネットへリンク)

操り人形

わたしの見立てでは、主人公は操り人形です。

この度はどうも 末長くどうか
誰かの糸で ぎこちないお辞儀

主人公のお辞儀がぎこちないのは、主人公が「誰かの糸」で操られているからです。

この旅はどうも 雲行き怪しい
誰かの意図で やるせない動き

主人公を操る「糸」は「意図」でもあります。誰かが「糸」を引くことで主人公を操作できるのは、そこに「意図」があるからです。

だからいくら寄り添っても 寄り添った分絡まって
だから待ってもそのまま 身動き取れない

「寄り添っても」っていうところ、わたしは最初主人公が「誰か」(=操り手)に寄り添うのかと思っていました。
でも考えてみたらそんなことできるわけがありません。主人公がじぶんで動くことができたとしても、「誰か」とは住む世界が違います。大きさのスケール感もちがうし、z座標もちがうし。

ってことはあれです。この世界にはヒロインがいて、主人公はヒロインに寄り添おうとしている、ってことです!

「寄り添った分絡まって」とはそういうことで、きっとヒロインも主人公と同じように操り人形で、寄り添ったらお互いの糸が絡まり合ってしまうのでしょう。それは人間関係におけるしがらみのようなものとぴったり対応しているように思えます。

いつかこの糸が千切れるまで 今は踊れ手のひらで
どうか重ねた手の温もりで 何度でも探せ

主人公は、操り人形です。「誰か」に操られて日々行動しています。でも、自分の意志もあって、自分で動くこともできます。主人公がヒロインに近づこうとするのは主人公自身の意志です。

だけど、それが「誰か」の意図とは合わないこともままあります。そういうときでも主人公は「今は踊れ手のひらで」と歌い放ちます。操られることを容認するような態度で。

それは後ろ向きに見えるけれど、あきらめではありません。主人公がヒロインと手を重ねた温もりに、そのきっかけがあります。

いつもまとわりつくこの糸を 運命と呼べるその日まで
どうか重ねた手を掴むまで 何度でも壊せ

ヒロインと手を重ねるときに「まとわりつく」のは、主人公の糸と、そしてヒロインの糸です。でもその2種類の糸はきっと、いつか縒り合わさって、運命の赤い糸って呼べるような日も来るかもしれません。

主人公はそんな日を夢みて、何度も糸を「壊せ」って歌います。壊して、糸を外して、「誰か」の糸から離れたところで、ヒロインと手をつなぐのです。

プレーン、明太、コーン。

それって。わたし思うんですよ!

こういうことじゃないですか??

「この度はどうも。末永くどうか」
まるでフォークダンスのように、ぐるぐると巡る女、女、女。わずかな見た目の違い以外に見分け方なんかない。流れ作業のような挨拶には、流れ作業程度の丁寧さしかない。
ここは婚活パーティー会場。さっきから同じような挨拶をどれだけやっているのか、もうわからない。
俺は判で押した挨拶なんかしながら、仕事を思い出していた。ベルトコンベアで流れてくるパン。そこにマヨネーズを乗せる。あるいは明太マヨを乗せる。あるいはコーンマヨを乗せる。普段の仕事にはそんな程度の違いしかない。今日のは、それと同じだ。プレーン、明太、コーン。プレーン、明太、コーン。

恋愛結婚は、結局本人がよければなんでもいい、みたいなところがあるけど、婚活は違う。本人が自分の意志だけで婚活パーティーに来るってことはあまりない。プレーン、明太、コーン。
正確にいうと、みんな自分の意志だけで来ている〝風を装っている〟。でも往々にして、実際にはまったくそんなことない。本人の裏には誰かの強力な意思があったりするし、それがなくたって、本人がばっちり内面化していたりもする。親の意思を、祖父母の意思を、そして世間体を。
この間なんか、パーティー会場に親が迎えに来てるの見たぞ。あれ本当にチャンスをものにする気あるのかな。プレーン、明太、コーン。

日常が非日常に支えられているのと同じように、仕事でもときどきはトラブルが起こる。マヨが切れたり、乗せすぎたり、上流の工程でミスってたりする。そういうときにはベルトコンベアのレーンを外れる。
婚活でも、そういうことは、起こる。
「笑顔がステキ」なんてのはもうありふれたフレーズだけど、そうとしか言いようのないことは、起こる。どうせ区別付かないんだから、顔とか表情とかしか決定打ないし、そういうことに出会うと、退屈なレーンを外れたくもなる。プレーン、明太、コーンの流れの中で、突然バジルマヨが登場する感じ。

レーンを外れて、思い返してみると、ああやっぱりいつものマヨとは違うんだ、って思ったりもする。そして俺は思うのだ、早く手を重ねよう、手を掴もう、って。

だけど、いつもそううまくはいかない。俺の手は、操られているからだ。そしてだいたい、相手のほうだって操られている。親に、祖父母に、世間体に。

断ち切ることだってできるのだ。でも、断ち切ったからっていって幸せになれるとは限らない。だから俺は歌うのだ。「今は踊れ手のひらで」って。
それでも願っている。いつか操られているこの仕組みを壊してしまって。俺の糸とあの子の糸を縒り合わせて、運命の赤い糸を紡いでやるのだ。

なーるーほーどー!!


というわけでクリープハイプ『イト』でした。

bldwnq.hatenablog.com

今回の曲、前に id:bLdwnq さんがすでに読んでいらっしゃったので触発されました! しかしぜんぜん読みがちがう! ウケる!!

クリープハイプの歌詞をちゃんと読むのは初めてでしたが、前に関ジャムで『寝癖』やってたときに、縁語の美しさにやられましたよね。「切ってもすぐに伸びてくるこの気持ち」って表現巧みすぎるだろ…。
www.uta-net.com

だからそのうちまた読みたいです♪

イト

イト

イト

イト