SixTONES『わたし』の曲の出だしめちゃくちゃに良いですよね。
有り得ないところまで
心が 動き出す
何気ない言葉すら
ひとつひとつ この胸を奪っていく
わたしはドラマ見てないんですが、劇中にいきなり「有り得ない〜」って始まるらしいです。いいなぁ〜体験したかった……。
この始まりの5文字について、言いたいことがあるので書きます! すごいよくない?
「有り得ない」がどう絶妙かについて語りたい!
突然ですが、『三省堂国語辞典』第8版で「ありえない」を引いてみます。
こんなふうに説明されています。
この歌詞の中の「有り得ない」は、辞書でいうと二の「常識では考えられない」の用法ですが、ここには続きがあり「〔二十一世紀になって広まった用法〕」とあります。
この「有り得ない」は、割と新しい言い方で、ということはもしかしたら少し口語的で、フォーマルな場で使うにはちょっと釣り合わないかもしれません。
でも、そこがいいです。
辞書に載るぐらいに一般に広まってはいるけど、注釈が入る程度には新しい言い方、ってバランスの言葉が選ばれている時点で、この曲“勝ち”だと思うんです。
ありきたりな言葉はフックにするには物足りないし、だれも知らないような言葉をフックにしてもなかなか引っかからないのです。
この審美眼をわたしも手に入れたいな〜〜〜!
あと。
前にツイートもしたんですけど、この部分、言葉とメロディがきれいに合わせてあるところがすごくきれいです。
先述の『三省堂国語辞典』には、アクセントも載っています。
ふつう、1拍目の拍は低く始まることが多いので、それも踏まえて記載すると
というかたちになります*1。
「あ」から「り」になるときに上がって、「り」から「え」にいく間はとくにどっちでもよくて、「え」から「な」に行くときに下がる、みたいな感じです。東京方言話者だとこうなるはず。わたしもこれ!
で、このイントネーションの推移が、メロディとぴったり合っているんですよね〜!
ここがぴったり合わさっていることによって、しゃべっているのと似たような感じが出ると思います。
それは、「有り得ない……」という心の内面から出る呟きかもしれないし、「有り得ない……!」という憤りのような強い言葉かもしれません。
どちらにしてもそれが、口から出るイントネーションと同じメロディに乗って出てくるので、自然なフレーズのように聞こえるんですよね。
ドラマの挿入歌、この言葉からいきなり始まるのなら、その特徴がとても効果的に響くのだろうと思います。ずるい!
大人なストたちはそうそうゆるがないはずでは?
ところで、冒頭の歌詞の内容を再確認します。
有り得ないところまで
心が 動き出す
「常識では考えられない」ところまで心が動き出す、と主人公が歌っているのは、いったいどういうことなんでしょうか。
何気ない言葉すら
ひとつひとつ この胸を奪っていく
「何気ない言葉」とはだれの言葉で、「この胸を奪っていく」とはどういうことなんでしょうか。
Aメロを追いかけてみます。
汚れた靴 磨いても
またすぐにどうせ 泥だらけになんだ
無駄なことで 疲れるくらいなら
いっそほら さっさとさ
そんなもの仕舞っておこう
主人公は、「汚れた靴」の手入れすることにためらいがあります。
どうせまた汚れるから、です。
一般に、自分の身の回りをきれいにすることってセルフケアの一環で、自分を大事にすることが自己肯定感のために大切なんですよね。
靴を磨くするとか、部屋を掃除するとか、ネイルするとか(想像力がなくてぜんぶ「綺麗にする」系になってる)、そういうのがセルフケアです。
それを怠っているのが、いまの主人公です。
でも、主人公は怠っていることを自覚しています。
わかってはいるよ
きっと逃げてるだけだと
あなたに“わたし”は 見せたくない
このサビ前の「あなたに“わたし”は 見せたくない」が、この歌詞の中心を貫いたフレーズに見えます。
主人公は、靴の手入れを面倒がり、自分自身を大事にすることを面倒がっています。
変わってしまう自分自身から目を背けています。
主人公はそれを「逃げ」だとわかっているけれど、だけど「あなたに“わたし”は 見せたくない」とも歌います。
どうして?
ここで再びサビが来ます。
有り得ないところまで
心が 動き出す
何気ない言葉すら
ひとつひとつ この胸を奪っていく
心が動き出しているのは「あなた」が主人公の心を動かしているから。
主人公はそれを感じて、このフレーズを歌っているのだと思います。
「何気ない言葉」とは「あなた」の言葉。
そのひとつひとつに取り乱される自分自身を見つけて、主人公は「有り得ない」と感じているのです。
同じようなテーマの曲を、前に考えたことがありました。
なにわ男子『初心LOVE』です。
この曲では、初めての恋で自分が自分に振り回されているところが描かれています。
なにわの場合はそれが初々しさにつながっているわけですが、SixTONESはなにわとちがっていい大人です。しかもそういう風なブランディングがなされていると思うし。
だけど、大人だからこそ、この心のゆらぎは効果的に響いてきます。
ちょっとやそっとのことじゃゆるがなそうな心が揺れているということは、この恋はちょっとやそっとのものではないことの証明だからです。(恋かどうかはわからないけど)
SixTONESがこの曲を大人っぽく歌うことに、そういう効きめがあるよな!と思いました。
というわけで、SixTONES『わたし』でした。
ところで、SixTONESの『僕が僕じゃないみたいだ』も同じテーマで描かれているんですよね……。
作詞作曲も同じくSAEKI youthKさんなんですが、味を占めたのかな…もっと占めていいよ……。
あとSixTONESは前にこの曲の歌詞のことも考えたことがありました。
よければこちらも読んでください!
それではまた今度!
*1:以降、この音の高さの動きを、アクセントではなくてイントネーションと呼びます。ントは単語固有に付与されたものなのに対して、イントネーションはInitial Loweringは単語固有の問題ではない(たとえば「それはありえない」というとき、「あ」は低くしなくてもいい)と思うからですが、この表記がわたしの勉強不足だったら教えてください……いったん現状の理解を忘れないようにする意味で脚注書きました。