SHISHAMO『夏の恋人』の話。
少し前、私はニートをやっていた夏があった。
今日も目が覚めて聞こえるのは
蝉の声とあなたの寝息
こんな関係いつまでも きっとしょうもないよね
だけど夏が終わるまで
きっとあなたもそう思ってるんでしょう?
じめじめする部屋の中
そういう生活って、自分からリズムを作らなければ毎日変わり映えがしなくて、「目が覚めて聞こえる」ものってだいたい毎日いっしょ。
そんな「毎日いっしょ」が楽しくて、最初はひとりでわいわい明るい気持ちで日々を過ごしていた。
けれどそういう気持ちが何ヶ月も持つことはなかった。
変わらない毎日からの疎外感が、湿気でくもった眼鏡みたいにからだにまとわりつくのだ。
「じめじめする部屋の中」ってもちろん居心地悪い。「しょうもない」ってこともわかっている。
だけど甘美で変化のない日常が、また今日も一日、自分を閉じ込めていく。
いつまでもここにいたいけど
ねえ、だめなんでしょう?
だから今
くもった視界の中でずっとぬくぬくと過ごしていたい気持ち。
その向こう側では誰かがぐんぐん先をゆくのをみて焦る気持ち。
その両方が、織り混ざってあの夏を作っていた。
夏の恋人に手を振って 私からさよならするよ
季節が巡って また夏が来たとしても
そこに二人はいないでしょう
きっと泣くのは私の方だけど 私からさよならするよ
だめね、私
眼鏡を拭ってちゃんと前を向いて歩き出すことも、理屈の上ではできる気がする。
だけど理屈は理屈じゃない?
夏を終えることはこの毎日を終えることと同じだ。
そんな決心は、無理だった。
潰れかけたコンビニで 小銭だけを持ち寄ってアイスを買う
あなたはいっつも一番安いシャーベット
公園では夏休みの子供達 それを眺めながら
またあのじめじめした部屋に帰る
大人になんてなりたくないなぁ
自分が小さかったころのことを思い出していた。当時家ではメダカを飼っていて、目が覚めて聞こえるのは蝉の声とエアーポンプが低くうなる音だった。毎朝同じテレビを見て、そのあとかたちだけ宿題をこなして、毎日同じように過ごした。
それと似ている気がした。
でも、小さかったころの夏とは決定的に違うところがひとつあった。
夏休みには終わりがあった。だけどあの夏は、小さな頃に過ごした夏休みとは違って、自分で終わりのハサミを入れなければならなかった。
いつまでも子供でいたいけど
ねえ、だめなんでしょう?
だから今
「いつまでも子供でいたい」って思っていた。
そう思ったのは、甘ったれていたいということだと同時に、夏休みに閉じ込められていたいってことでもあった。
くぐもった眼鏡をかけ続けていたい。少しずつ甘さに視界を奪われながら生きる人生でいい。
でも。
もう一人の私が私を引き止める声がする
「このままでもいいじゃない
この夏に閉じ込められて
一生大人になれなくても」
もし自分で幕を引かなかったら、わたしはこの偽物の夏休みに、一生閉じ込められてしまいかねない。
あの甘美な夏には、そういう迫力があった。
夏の恋人に手を振って 私からさよならするよ
幸せな二人だけど あなたも私もきっと
このままじゃどこにもいけないから
きっと泣くのは私の方だけど さよならするよ
だめね、私
結局わたしはその夏、大したドラマも決心もないまま、眼鏡を外してしまうことになる。
急に電話がかかってきて、そうですか、とぼんやり応えた。電話と夏を同時に切った。
その場でいっしょにいた人にこの夏が終わるのだと興奮して話したけれど、その人はつれない返事だったと思う。他人の夏に、みんな無頓着だから。
その最後の日が8月31日で、あぁやっぱり夏休みだったんだ、と思った。
あの夏に好きだった人とは、それから会わなくなってしまった。
SHISHAMO『夏の恋人』の話でした。
SHISHAMOいままでこの曲のことを書きました。
hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com
こちらの記事では『明日も』の話をしたんだった。
よかったら併せてお楽しみください。
夏休みが終わっても、大人になりそうになっても、生きていこうな!