あいみょん『桜が降る夜は』の歌詞の話をします!
4月は出会いの時期です。だけどこの曲の登場人物はこの通りで「微妙な距離」。
「4月の夜はまだ少し肌寒いね」
そう語り合う 微妙な距離の2人
ってことは、このふたり、この春に出会ったのではなくて、もともと知り合いなんだな、ってことがわかります。
大学でいったら1年生ではありません。2年生か3年生か4年生。
いまからなぞるのは、そんなふたりの話です。
「桜」の多面性が少しずつ見えてくる
続く部分の歌詞はこういう感じ。
どこかで聞いた噂話に悩まされて
危険な道ほど進みたくなる私
「噂話」の内容はあとから出てきます。
でもどちらにしても、この恋はべつに順風満帆にぐいぐい進む恋ではないことはこの時点ですでにわかります。
すでにどことなく不穏な感じ…。
だけど
声に乗せたい気持ちが
冷たい風に流され
ざわつく川沿いをなぞり歩く
わたしはこういう描写がすごく好きです。
「冷たい風」は最初の「少し肌寒いね」にかかっていて、「ざわつく川沿い」はタイトルの「桜」の並木だろうことがわかるからです。
登場するアイテムに無駄がない感じ。
桜が降る夜は
貴方に会いたい、と思います
どうして?と聞かれても
分からないのが恋で
この体ごと貴方に恋してる
それだけは分かるのです
「川沿いをなぞり歩く」という部分から流れるように*1「桜が降る」につながっています。
目に浮かぶような鮮やかな描写です。これがサビにあるのはいいですね…。
ところで、このシーンでは桜は「分からなさ」のようなものに結びついています。
話をちょっと逸らします。
J-POPでは「分かる」感じのほうが引きが強いこともあって、
幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が
繰り返すようなものじゃなく
大切な人に降りかかった雨に傘を差せる事だ
のような断定が、キャッチーに響くことも多いです。
ところが、あいみょん『桜が降る夜は』ではそこが違っていて、分からない気持ちを
分からないのが恋
と歌います。
その分からなさのよすがに「桜が降る夜」が登場します。
この曲の好きなところは、この桜の確かさです🌸
さて。
2番です。伴奏がすこし控えめになって、始まるAメロは内省的な感じ。
4月の夜に2人はもう会えないかな
遠くに見える
貴方はまるで知らない誰か
「貴方」には主人公の知らない一面があるようで、主人公はそれを遠くから見ています。
これは1番Aメロ(=ここと同じメロディ)に登場した「どこかで聞いた噂話」のことだと思います。
たぶん「貴方」の隣には別の人がいるんでしょう。
真面目な顔は好きだけど
今は見たくない
新しい色に染まるのは
桜だけでいい
「貴方」に別の一面が登場するように、「桜」にも別の一面が登場します。
「新しい色に染まる」という共通点です。
だけど
いつかは散ってしまうと
いい加減に気づきます
でも貴方の心に雨は降らないで?
続く連で「桜」の描写はさらに多面的になります。「いつかは散ってしまう」という描写です。
これはもちろん、主人公の恋と「桜」の共通点です。
この歌詞の中で「桜」は非常に多面的な役割を担っているのです。
寂しい夜を1人
桜の花がヒラリ、踊ってる
私の味方をしてよ
心から思うこと
今伝えるべきなのか
考えている間に春は終わる
「1人」と「ヒラリ」で軽やかに押韻しつつ、2周目のサビが始まります。
「桜の花がヒラリ」という散る描写は、恋愛が成就しないことをぼんやり示唆していると思います。
歌詞に出てくる「私の味方をしてよ」という願いは脈が薄いのです…。
このふたりが大学2年生とかだったとしたら、いままで1年間以上の付き合いがあったのだと思います。
主人公がどれだけ「貴方」に想いを寄せていたとしても、冷静な目線では「微妙な距離の2人」のままいまにいたります。
これから2周目の季節を迎えたとして、新しい進展を迎える可能性はどんどん薄れていっていくような。
それなら早いうちに、春の気持ちは春のうちに、伝えておきたい。
そういう気持ちがこの歌詞には現れているように思います。
考えている間に春は終わる
この歌詞が現れた途端、ハサミを入れたように歌詞が終わるのがほんとエモい✂️
桜が降る夜は
貴方に会いたい、と思います
どうして?と聞かれても
分からないのが恋で
この体ごと貴方に恋してる
それだけは分かるのです
という歌詞でした。
この曲、歌詞が進むにつれてだんだん「桜」の担っている役割が明らかになって、無駄のない構成を見せつけてくるのでした。
情景描写とは何か
さて、ところで。
この曲について、ある作詞家さんが情景描写をほめていらしたのです。
「情景描写」…??
わたしは作詞業界の実情についてはぜんぜん詳しくないんですけど「情景が浮かぶ曲」、というオーダーは非常に多いんだそうです。
情景って、なんだ。
この歌詞について、それを考えてみたいと思っています。
一般に情景といったら「目に浮かぶ」ものです。
NINJAL-LWP for BCCWJではガ格の場合は「浮かぶ」、ヲ格の場合は(間違いを除くと)「描く」が共起として最上位になり、どちらにしても視覚的で、一時的で、内面的な要素が強いといえそうです。
それはこの曲の歌詞でいうと、タイトルにもある「桜が降る夜は」という部分が担っているように思います。
「桜が降る」という描写は目に浮かぶし、そのまま映像化しようとするのもよさそう。
だけどこの曲は歌詞として、「桜が降る」ことと、主人公の恋愛を結びつけた表現が繰り返し出てきました。
作詞業界でいう「情景が浮かぶ曲」というオーダーは、視覚的な要素と、歌詞の文脈を踏まえた効果をどう巧みに結びつけるかが問うている、ということなのではないかとなんとなく思っています。
ところでわたしがこの曲について、いいよね好きだよと思ったことは上記の通りたくさんあります。
その中には、情景についてのこともあればそうでない点についてのこともあります。
それを、粒度の細かさという軸で整理すると、およそ次のような感じになるのではないかと思いました。
カテゴリ | 例 |
---|---|
歌唱テクニック | (この曲では言及なし) |
譜割り・韻 | 「1人」と「ヒラリ」など |
語彙・レトリック | 「分からないのが恋で」 |
情景 | 「桜」と恋愛の結びつき |
構成 | 1Aと2Aの内容のシンクロ |
ストーリー | (この曲では言及なし) |
コンテキスト | (この曲では言及なし) |
こういう感じにすると、歌詞の中で自分がどこに注目しているのかに自覚的になれるのでとてもよいなという感想です。
もう少し大まかに、譜割り・情景・ストーリーぐらいでもいいのかもしれないですが…。
たとえばあいみょん曲の場合は、個人的にはまんなかの粒度(つまり情景のあたり)に魅力を感じるよね〜って思います。
もっと細かい粒度でいうならMr.ChildrenとかSHISHAMOとか、もっと粗い粒度でいうならSEKAI NO OWARIとかYOASOBIとかで、たくさんお話できるといいんじゃないかなって思っています。
そしてわたしの趣味でいったら、むかしは(コンテキスト以外の)粗い粒度の話がとても好きだったような気がします。
一方でいまはかなり細かい粒度の話に終始することも増えた気がしています(DISH//『猫』の記事とか)。
今回言いつくせなかったことも整理しきれなかったこともいっぱいあるけど、また今後考えていきます〜!
ということで、あいみょん『桜が降る夜は』でした。
あいみょんの曲は前にこれも読んだのでした。
ほんとはあいみょんの春曲でだいすきなやつがあるんですけど…あれはまだ書いてなかったのだな。
春は短いくせにいつも「この曲について語りたい!」が多すぎてこぼれてしまいがちなんだよな。
これからもチャンスを狙っていきますね!
*1:「流れるように」は、もちろん「川」にかけています(ドヤ