After the Rain『アンチクロックワイズ』の歌詞の話をするぞ!
歌詞の冒頭はこういう感じ。
絵空事なら色を切らした
声を聴こうと両耳を塞いでいる
いやいやいや…、ってわたしはこれ聴いて思いました。
絵空事がモノクロなわけありません。それに、耳を塞いでいては声を聴けません。
絵空事がカラフルな理想を描くことは、絵空事のアイデンティティです。
それが色を切らしているなんて、それは絵空事のアイデンティティの喪失です。
そう、それがこの曲のテーマ!(突然の前のめり)
きょうはそういう話をしたいと思います。覚悟して!!
ままならない創作
たいていの創作活動は、作者の内面から出てくるものを、音楽なり絵画なりのかたちに仕立てて表現されるものです。
ルネサンス以降、わたしたちはそういう風に認識してきました。
でもこの曲の主人公は、そういう創作活動をしていません。
叫び散らした警鐘と
誰かが濁したコード
我欲を喰らったココロで
調べが歪んでいく
「警鐘」「コード」「調べ」はどれも音にまつわる言葉です。
だけど「叫び散らした」「濁した」「歪んでいく」と続いていて、どれも美しい音楽を奏でることができていません。
この曲は、そういう「濁して」「歪んでいく」先にある音楽です。
半壊したピアノで 響き鳴らすカデンツ
この歌詞の中で、主人公は「半壊したピアノ」で曲を作っています。
でもここでは、半壊しているのは楽器だけではなく、曲に吹き込まれる命のようなものだとわたしは考えています。
端的に言うと、主人公は、音楽を“書かされて”いるのだと思います。
野次も罵声も品評も
否定をしなくちゃ愛か
等間隔に刻んだ
メモリ状の傷
主人公が書いた曲は「野次」「罵声」「品評」にさらされています。
そして、発言者は、それが主人公のためになると考えています。「わたしがアドバイスをしてやっているのだ」という思想です。
「否定をしなくちゃ愛か」というのはそういうことで、表面上の否定がなければそれを「愛」と受け取れ、という声に、主人公がさらされていることです。
主人公が曲を発表すればするほど、そういう声が押し寄せる時代なのです。
「等間隔に刻んだ/メモリ状の傷」というのは、SNSのコメントの1行1行かもしれないし、YouTubeやAmazonのレビューの1行1行かもしれません。
期待外れでいたいだなんて
いつから願ってしまった?
名も知れぬほうがいいなんて
いつからか願ってしまった
「期待していたのに」
「フォロワーがあんなにいるからって」という声に、主人公はたびたびさらされています。
その裏返しとして「期待外れでいたい」「名も知れぬほうがいい」という思いが、たびたび脳裏に浮かんできます。
ココロもネジ巻出して
意味を失ってしまった
主人公のココロもネジで動き出し、感情もないまま、半壊したピアノで、きょうも曲を書き続けるだけなのです。
過去に戻れたら
そんな主人公の願いは、1番のサビに現れています。
逆さまの秒針と愛憎で
全てが叶う気がした
まるで隠そうとするように
欠け落ちる未来と歯車
「逆さまの秒針」というのは、つまり時間を戻すということです。
時間が元に戻ったら、いまみたいに苦しんで曲作りをしなくてもいいのに、というのが、主人公の願いです。
この曲には回想シーンがふたつあります。
そのうちのひとつがこれ。
君と指切りをして
ねえあんなに 何もに夢中になっていたっけ
疑うこともしないまま
「君と指切り」をしたときには、主人公は「君」のために音楽をやっていたのではないでしょうか。
「何もに夢中になって」「疑うこともしないまま」でいられるのは、主人公が、自分自身と大切の人のために創作活動ができていたからです。
もうひとつの回想シーンが1番のBメロです。
あの空は遠く 色付いている
見間違うことのない 茜色
ここでは「茜色」は、澄み渡った色ではないけれど、懐かしさのある自然な空の色、ということなのだと思います。
対になるのが、たぶんこれ。
ボクら 行き場ないまま見上げる
澄んだ機械仕掛けの空
この曲はこのシーンで終わります。
主人公は現状のままならなさに自覚的で、理想を描くこともできるのに、先に進むことも、そのために後に戻ることもできません。
「巻き戻せる術もなく」という歌詞の通りです。
曲タイトルの『アンチクロックワイズ』は反時計回りという意味があります。
これは主人公の理想でもあり、そして同時にそれは叶わないことがはっきりしていることの象徴でもあります。
冒頭に見たとおり、色を切らした絵空事、なのです。
ということで、After the Rain『アンチクロックワイズ』でした。
この曲はユニットとしては最初にリリースした曲で、「クロックワーク・プラネット」というアニメのタイアップなのだそうです。
わたしはAtRが早く天下取らないかなとずっと思っているんですが、こうして曲がヒットすればするほど、歌詞の中の主人公が窮地に追い込まれそうで、現実の非情を感じています。
『ベルセルク』やってたときからずっとそうなんだよな…。
アイツに亡き者にされ詩を書いていた
言葉を奪い取られ 笑えなくなったんだ
折り合いのつく帰結がどこかにちゃんとありますように。