5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

結婚式はあるけど、離婚式はない - スピッツ『若葉』

若葉の季節になったぞ!🌿

思い出せる いろんなこと
花咲き誇る頃に 君の笑顔で晴れた 街の空
涼しい風 鳥の歌声 並んで感じていた
つなぐ糸の細さに 気づかぬままで

いまの時期になると思い出すのがスピッツ『若葉』。

なんとなく「花咲き誇る頃」っていう歌詞に、わたしはツツジを重ね合わせてしまいます。

スピッツ『若葉』歌詞

暖かさと後悔のシーソーゲーム

この歌詞は、春の日差しに包まれる暖かさと、その裏に潜む後悔が交互に出てきます。

Aメロから見てみます。

優しい光に 照らされながら あたり前のように歩いてた
扉の向こう 目を凝らしても 深い霧で何も見えなかった

歌詞の始まりはまさに若葉の季節の感じ。

太陽の光は優しいし、扉越しに見える向こう側の世界は、見えないなりにも明るいものです。

春は特に朝の時間帯に霧が発生しやすいので、このへんもしっくり若葉の季節感。

ところが、Bメロになると、空気感が変わります。

ずっと続くんだと 思い込んでいたけど
指のすき間から こぼれていった

この暖かさも、ずっと続く感じも、ただの思い込みだっだと歌われます。

さっきまでの若葉の季節感にそぐわない、寒冷前線のようなひんやり感なのです。

しかし、寒冷前線の天気の悪化は一時的なもの。

サビを見てみます。

思い出せる いろんなこと
花咲き誇る頃に 君の笑顔で晴れた 街の空
涼しい風 鳥の歌声 並んで感じていた

主人公はひとりぼっちではありません。

「君」といっしょにいて、「涼しい風」も「鳥の歌声」もふたりで並んで感じています。

春の暖かさの中で、主人公は「君」の隣にいるのです。

しかし、サビは下記の1行で終わります。

つなぐ糸の細さに 気づかぬままで

糸の細さ。

この1行でわたしたちは気づくのです。

「君」とのつながりは切れてしまったんだ、って。

Aメロにあったようなほのぼのした雰囲気は過去のもので、この歌詞はそのあとに紡がれたものなのだ、ということを突きつけられながら、1番は終わっていきます。マジかよ。

結婚式はあるけど、離婚式はない

この歌詞には、サビのメロディが3回出てきます。

1回目は先ほど引用した1番の部分。そのあと、2番があり、そして最後にもう一度リフレインがあります。

2番のサビはこういう感じ。

思い出せる いろんなこと
花咲き誇る頃に 可愛い話ばかり 転がってた

2つめのサビ、前半は1番とちょっと似ています。

だから、どことなく、若葉の季節の暖かで幸せな世界が引き続き描かれているように見えます。

でも、その暖かさは後半であっさり裏切られてしまいます。

裸足になって かけ出す痛み それさえも心地良く
一人よがりの意味も 知らないフリして

痛みに心地良さを感じたりしているのは「一人よがり」だった、とはっきり歌われるのです。

そしてそもそも、二人は糸でつながれていたはずでした。

主人公がひとりで裸足になって駆け出していった瞬間に、その細い糸は切れてしまったのです。

糸を切ってしまったのは、主人公自身だったのです。

  *  *  

この曲のサビはずっと「思い出せる」から始まります。

でも、その響きは最初と最後とでだいぶ違います。

最初の時点では、暖かな日差しの春のことを懐かしく思い出しているようなほのぼのさがあります。

それが2番のサビでは、一人よがりが述懐されるようになります。後悔がつきまとう追想です。

それに続く、最後のサビはこういう感じです。

思い出せる すみずみまで
若葉の繁る頃に 予測できない雨に とまどってた
泣きたいほど 懐しいけど ひとまずカギをかけて

カギをかけるのは、1連に出てきていた「扉」のカギなのだと思います。

あのころ目指そうとしていた方向に、主人公は自分から背を向けます。

少しでも近づくよ バカげた夢に
今君の知らない道を歩き始める

そして、別の方を向いて、ひとりで歩き始めるのでした。


ところで「新しい生活に向けて出発すること」*1を「門出」といいます。

この歌詞には「扉」という語が出てきて、これを抜けることが「門出」と符合しそうです。

わたしは、この歌詞は結婚と離婚の歌詞なのだと考えています。

歌詞の最初に出てくるのは「扉」。これは結婚式という門出を表しています。

主人公はその向こうに目を凝らして「深い霧で何も見えなかった」と歌います。

主人公は結婚生活の向こう側に、はっきりしたイメージをつかむことができなかったのです。

歌詞が進み、主人公はその扉に「ひとまずカギをかけて」しまいます。

つまり、進もうと思っていた門出の道を進むのを、やめてしまいます。

そして「君の知らない道を歩き始める」と歌います。

ひとりで進むということは、結婚生活をやめてしまうということです。

結婚には式典があるけれど、離婚には式典はありません。

この曲は、ひとりだけの、離婚式の曲なのだとわたしは思いました。


スピッツ『若葉』でした。

この曲はほとんど同じサビのフレーズを使いながら、歌詞の世界はどんどん変わっていっています。

わたしはこういう歌詞のことを、図鑑型と対比させて物語型、と呼んでいます。

hacosato.hatenablog.com

前にこれを書いたときにまとめてみました!

https://itunes.apple.com/jp/album/%E8%8B%A5%E8%91%89/294803254?i=294803257&uo=4&at=10lrtS

次回はうまくいけば、いままで取り上げてこなかった人の話をしたい!