繰り返しの中にある変化
こんにちは。今日や明日は全国的に雨もようみたい。雨の日には雨の曲を聴きたくなるもの。
たとえば『ばらの花』とか。
というわけで、くるり『ばらの花』を取り上げたいと思います。
雨降りの朝で今日も会えないや
何となく でも少しほっとして
飲み干したジンジャーエール 気が抜けて
なんていう歌詞で始まって、
安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ
フックのあるフレーズが飾られているこの曲、よくよく見てみるとよく分からない部分ばっかりです。気が抜けたジンジャーエールは朝の飲み物じゃないし、雨降りの朝は旅立ちにふさわしくないし、それらぜんぶと『ばらの花』との関係もあいまいでよく分かりません(>_<)。どういう読み解き方をしていけばいいのかな…。これから考えてみましょう。
歌詞はこちら→http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND17798/index.html
構成はこちら→A-B-A-BB-C-BBBBB
この曲の4ステップ
この曲のすべてのエピソードは、4つのステップに切り分けることができます。最初に、その話をしたいと思います。
雨降りの朝で今日も会えないや
何となく でも少しほっとして
最初の2行を引用してみました。ここは2行でひとつのエピソードです。「今日も会えないや」の目的語は「君」だと思います。雨が降っているから、今日も君に会えない、って風な意味ですね。
ふつう、雨が降るぐらいで会えなくなるなんて大して強い関係性じゃないんだろうな、と、読んでいる私たちは思います。実際にはそうでないことはあとになって分かるのですが、主人公は雨が降って「少しほっとして」いますね。きっと、雨が降っているのが自分への言い訳になるからなんでしょうね。雨が降っているんだから、会えなくたって仕方がないさ、って風に。
「会えない」という言い回しは、会うことが前提にあってのことです。サンボマスター『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』で取り上げましたが、否定文は必ず肯定の文が前提にないといけません。朝には会うよねっていう前提があって初めて、雨降りだから会えないという歌い方が成立するのです。
私が繰り返している「4つのステップ」の最初の1つは、オフェンシブな気持ちの段階です。攻めの気持ちって感じ。引用した部分でいったら、直接的には書いてありませんが会いたい、という気持ちです。
2つめのステップは、それに対する現実です。現実には、雨が降っています。
3つめのステップは、その結果です。結果として、主人公は「君」に会いにいけません。
4つめのステップは、そのときの主人公の気持ちです。ほっとしていますね。
これを表にまとめると、こんな風になります。
オフェンス | 現実 | 結果 | 気持ち |
---|---|---|---|
(会いたい) | 雨降り | 会えない | ほっとする |
すごい! ぴったりキレイにまとまるじゃん!
で、この曲、ほかの部分もぜんぶ同じようなノリで表にまとめることができます。たとえば、先ほど引用した部分の直後を考えてみますね。
飲み干したジンジャーエール 気が抜けて
安心な僕らは旅に出ようぜ
ジンジャーエールは炭酸の飲み物です。アルコールはないけど、のどごしも味もちょっと刺激的。けっこうオフェンシブな飲み物ですよね(実際には気が抜けていたわけですけど)。
この部分は、連をまたいで「安心」に行き着くんだと読むことができます。新しい感情に行き着いたら、また新しいエピソードが始まります。
オフェンス | 現実 | 結果 | 気持ち |
---|---|---|---|
ジンジャーエールを 飲み干す |
気が抜けている | (炭酸飲料らしい 刺激はない) |
安心 |
ほらこんな風に、またきれいにまとまりました。
もうだいたい分かったと思いますが、さらに続きを引用します。
愛のばら掲げて遠回りしてまた転んで
相づち打つよ君の弱さを探す為に
安心な僕らは旅に出ようぜ
これだったら、
オフェンス | 現実 | 結果 | 気持ち |
---|---|---|---|
愛のばらを掲げる | 遠回りして転ぶ | (君に近づけない) | 安心 |
こうなりますよね。
歌詞の中にすべてが書かれているわけではなくて、想像力で埋めなければならない部分もあります。でも、そのほとんどは文脈から容易に想像ができます。それに、どのエピソードも大枠はひとつです。
オフェンシブな気持ちも、ないわけではないのです。君に会いにいきたいし、刺激的な飲み物だって飲むのです。でも実際にはほんのちょっとしたことが原因で、あるいはそれを言い訳にして、その気持ちはすぐにひっくり返ってしまいます。そして、もとのコンサバティブな気持ちに戻って安心しています。まるで最初からこうなることを織り込んだ上で、安住してるだけじゃないぜと自分に吹き込むために行動しているかのよう。考えてみたらBメロの音域、すごく狭いですね。遠くの音まで広げるのをおそれているようにも取れます。
Cメロ
それを揺り動かすのは、例によってCメロです。
暗がりを走る 君が見てるから
でもいない君も僕も
ここの連のエピソードだけ、表をきれいに埋めることはできません。走るのはオフェンシブな気持ちでしょう。でも続きを書ききれません。
オフェンス | 現実 | 結果 | 気持ち |
---|---|---|---|
暗がりを走る | いない | ? | ? |
特に大事なのは、気持ちが書いていないことです。今までいろんな部分が歯抜けになっていましたが、気持ちだけは欠かさず掲載されていました。ほっとする、安心、って。何度も繰り返し。それがなくなっています。
最後の連の畳み掛けるような冒頭を見てみましょう。
最終バス乗り過ごしてもう君に会えない
あんなに近づいたのに遠くなってゆく
だけどこんなに胸が痛むのは
何の花に例えられましょう
「胸が痛む」という新しい気持ちが登場しています。これはすごく大きなことです。今までは会えないことに半ばほっとしていた主人公ですが、ここでは会えないことに胸を痛めています。
どちらが本当の気持ちなのかはここでは分かりません。でも、Cメロで音の意味でも歌詞の意味でも一度 振り切れた主人公にとって、この後半の気持ちのほうが本心なんじゃないかなと考えるほうがステキだと思います。
オフェンス | 現実 | 結果 | 気持ち |
---|---|---|---|
(バスに乗る) | 乗り過ごす | 君に会えない | 胸が痛む |
主人公は最後にもう一度、ジンジャーエールを飲んでいます。それも2回も繰り返して。どうしてでしょう。
「買って飲んだ」ジンジャーエールはたぶん、気が抜けていたりはしないと思います。きっとジンジャーエール本来の刺激的な食感を楽しめることでしょう。でも主人公はそれに関して「こんな味だったっけな」とつぶやいています。気が抜けたジンジャーエールの記憶がきっとまだ残っているのでしょう。
主人公がジンジャーエールを飲んでいたのは曲の序盤です。そのあとCメロを経て、曲の終わりになって、もう一度ジンジャーエールを飲んでいます。どうしてでしょう?
Cメロで「いない君も」と歌われ、そのあと「もう君に会えない」と歌われています。このあたりで、ふたりは別れてしまったのではないでしょうか。
だとすると、主人公がジンジャーエールをまた飲んだのは、昔の自分と同じ行動をとりたかったからでしょう。ジンジャーエールを飲むことで、君に会おうと思えば会えた(そして会わなかった)ころの自分に戻りたいのかも!
でも実際には、ジンジャーエールを飲んだって昔の自分に戻ることはできません。そしてジンジャーエールの味が違うのと同じように、昔の自分と今の自分は境遇も違うのです。新しい味を感じて初めて、新しい現実と向き合うことができたのかもしれないですね。表にまとめると、ジンジャーエールを飲む行動は同じなのに、そこから先はぜんぶ正反対の結論になります。
オフェンス | 現実 | 結果 | 気持ち |
---|---|---|---|
ジンジャーエールを 飲み干す |
気が抜けていない | 炭酸飲料らしい 刺激がある |
安心なんかじゃない |
同じ道を選んでいるはずが、ちょっとしたボタンのかけ違いで違う方向へ進んでしまっていることが、このあたりですごくよく分かります。同じメロディで淡々と歌われるのに、歌詞の内容はどんどんと変化していますね。
安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ
だからもう、同じメロディで同じ歌詞を歌っても、同じようには響かないのです。安心だったころの僕らはもう、旅の世界に放り出してしまいたいのです。
つながリンク
前回はGOING UNDER GROUND『トワイライト』を取り上げました。今回のくるり『ばらの花』との共通点は、旅。
『トワイライト』にはかなり最後のほうに旅が出てきます。でもこの曲は、曲全体で旅立ちまでを歌っているように私には見えます。最初、指定席に座っていた主人公は、
約束しよう僕らは それぞれの地図を持って
旅立つ事はきっと さよならなんかじゃなくて
いつだって主役は君と僕で 期待とプライド背負って
主役は君と僕で それぞれほら違うストーリー
最後は地図を手に、新しい場所へと旅立つようになります。新しい自分へと歩みだすことを旅として捉えているんでしょうね。
一方でくるり『ばらの花』では、
安心な僕らは旅に出ようぜ
思い切り泣いたり笑ったりしようぜ
というフレーズが繰り返し登場します。私は、ついコンサバティブな発想に安住してしまう自分を葬り去る意味で「安心な僕らは旅に出ようぜ」と歌われているのかな、と思いました。旅に出ることは『トワイライト』でもあるように、新しい自分へと踏み出すことでもあると思うので。
そうすると2行めが効いてきますね。「思い切り泣いたり笑ったり」は「安心」の対義語です。きっと本当は旅にでも出て、思い切り泣いたり笑ったりするようなアグレッシブな気持ちを取り戻したいんだ!
というわけで、くるり『ばらの花』でした。
なんかこの秋に、はてなダイアリーはリニューアルするみたいです。私は技術的なことは正直よく分かりませんが、どうもこれからすごいことになりそうだということぐらいはなんとか分かります(汗)。
本当は現状のこのダイアリーにはものすごく致命的な欠点があります。それは私が歌詞を引用するとき、歌詞全体の中でどこを引用しているのか読む人にはよく分からない、という問題です。新しいダイアリーではJavaScriptが使えるようになるらしいので、リニューアルされたらその辺をうまく使って、歌詞全体を見通せるウィンドウと私の書いた文章を見比べながら、リッチな体験をしつつ読み進められるような環境が整備できたらステキだなぁと夢想しています。
たぶん自力じゃ作れないでしょうけど…υ クリックするとiTunesスタッフメモというレビューのような記事が読めます。なんだろこれ。
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