5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

つじあやの『風になる』

-春風の色した恋のうた-
こんにちは。こちらはここ数日、少しだけ暖かくなりました。そちらではいかがですか?
風になる (「猫の恩返し」 主題歌)
今回 取り上げる曲はつじあやの『風になる』です。『風になる』はスタジオジブリのアニメ「猫の恩返し」の主題歌。明るくてさわやかな曲調は彼女の声によく合っていますね。
歌詞も前向きで明るいイメージがして、春のあたたかな雰囲気をよく伝えていますよね。ですがよく読むと、おやっ?と思う引っかかりも潜んでいます。例えば、Aメロに繰り返される「忘れていた」「忘れない」は曲調とは裏腹に、ちょっとだけ後ろ向きですね…。さてどうして?

歌詞はこちら→http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=15759
構成はこちら→A-A-B-サビ−サビ-A-A-B-サビ-サビ-サビ'-サビ-アウトロ

動画はつじあやのオフィシャルのものみたい。冒頭のひとりインタビュー(なんて呼ぶんだこれ)も貴重ですね。

歌詞

忘れるの? 「恋のうた」なのに?

1番と2番のそれぞれ2つめのAメロ冒頭、「忘れない」に注目してみましょう。

忘れないで すぐそばに僕がいる いつの日も

忘れないよ すぐそばに君がいる いつの日も

このふたつは非常にきれいに呼応しています。同じメロディに乗せる歌詞の言葉がわずかに違うだけで、歌詞は異なった世界を鮮やかに浮かび上がらせます。
ところがこの歌詞、よく読むと少し不思議な点があるのです。それぞれの冒頭、「忘れない」の部分です。
「君」と「僕」は、お互いにすぐそばにいる存在です。それなのに、歌い手はそれを忘れそうになってしまいます。どうしてでしょうね。だからこそ「忘れないで」「忘れないよ」と歌詞は続くわけですが、これは一体なぜなのでしょうか。すぐ隣にいるのなら、忘れたりはしないはずです。
私が考えたことその1は、“身近にあるからこそ忘れてしまいがちな幸福”ってやつです。Chara『TROPHY』でいえばちょうど「青い鳥」に当たります。主人公にとって君は、青い鳥なのでしょうか。
普通、身近にありすぎてそのありがたみを忘れてしまいそうになる人物といえばまずは家族です。でもこれは「恋のうた」みたいです。主人公は君と、恋色の糸で結ばれているわけですね。でも、彼氏や彼女のことを、“忘れてしまいそうな幸福”とするのはちょっと不思議な感じ。恋はどんなときも頭から離れないからこそ恋のはず。皆さんの経験からいってもそんな感じじゃないですか?
だとすればもうひとつ。それは、「君」は実は「すぐそば」にはいない、としたらどうでしょう。だとしたら「忘れない」なんて言葉を繰り返していても不自然な感じにはなりませんよね。
君とは離ればなれだけれど、でも(心は)いつでもそばにいるからね、というメッセージだとしたら、ロマンチックさも損なわずに(笑)筋の通った解釈ができます。君のことを忘れたりはしていません。でも主人公は、君がそばにいることを忘れたりは絶対にしないけれど、でもときどき忘れそうになっちゃうことはあるのです。

この曲のテーマはなあに?

1番のサビには、

陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる
君と失くした想い出乗せて行くよ

というフレーズが出てきます。これが2番では、

陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる
君と誓った約束乗せて行くよ

と歌詞が変わります。1行目はもちろん同じです。でも2行めが違います。全体的には同じようなメッセージを連れているようなのに、ちょっと歌詞の内容が変えてありますね。比べてみると違いがわかります。両者は対照的な歌詞だと思いませんか? 1番では過去を持っていくようですが、2番では未来を背負っていくようです。
自転車に乗って坂道を駆けのぼる行き先についてはこの歌詞には出てきません。ですが2番のほうにある「約束」には注目しちゃうと、かなり手がかりがたくさん得られますよ。君との想い出を乗せて主人公が坂道を駆けのぼるのは、それが君との約束だからかな、と私は思ったのです。
「約束」と「想い出」が同じメロディに乗っていますから、この2つはリンクしていても不思議じゃありません。だとすると、僕は、想い出と約束を、両方とも乗せていくことになりますね。つまりこの主人公には、君となにか約束をした想い出があるわけです。そしてそれを果たすために、主人公は今、自転車にのって坂道を駆けのぼるのかな、と思ったのでした。 もう言ってしまってもいいかな? この曲のテーマは「君」との再会だと私は思うのです。
ところで引用部分の2行め、「君と失くした想い出乗せて行くよ」って、文法的にはふたつの解釈ができる部分です。

  • 失くした想い出を、君と共に乗せて行くよ(「君と」はwithの意味)
  • 乗せて行くのは、1.失くした想い出と、2.君だよ(「君と」はandの意味)

こんな感じです。さてどっちなんだろう?
とか思っていたのですが、考えてみたらこれ、どっちでもきちんと意味が通るんだと思うのです。もし前者だったら想い出の運搬(?)は君との共同作業って感じでロマンチックだし、もし後者だったら想い出と君を同一視できるようで、これはこれでこの曲のテーマ:「君」との再会、を上手に引き立てる解釈って感じがします。もしかしたら狙って作ったダブルミーニングなのかもしれないですね。ダブルミーニングSuperfly『やさしい気持ちで』にも登場しますよ。

見え隠れする「悲しみ」

1番にはこんな部分があります。

たった一つの心 悲しみに暮れないで

1番のBメロの冒頭です。この歌詞の中で、明確にネガティブな表現が出てくる数少ない個所です(Bメロは曲調もちょっと落ち着いた感じになりますしちょうどぴったり)。この「悲しみ」は、なんでしょうね。
先ほども触れたように、この曲においては、歌い手は君とはそばにいられてないみたいです。だとすれば、ここでの「悲しみ」は離ればなれの悲しみ、って捉えることができそう。
でもこの曲でメインになる感情は「恋」のはずです。実際、ラブラブな雰囲気をまき散らしながらサビとか繰り広げられてるわけだし。じゃあこの悲しみはどうなってしまうの?
「恋のうた」が出てくる部分がありましたよね。引用してみましょうか。

忘れていた目を閉じて 取り戻せ 恋のうた

忘れていた窓開けて 走り出せ恋のうた

それぞれ、1番と2番の冒頭です(歌詞の分かち方が違っているのは間違いじゃないかと思うのです)。見てください、「恋のうた」の直前。1番では「取り戻せ」であり、2番では「走り出せ」なのです。恋の気持ちは、一度 悲しみで上書きされてしまっています。でも恋のうたを歌うのですよ。今回の約束を前に、主人公は恋を取り戻し、しかも走り出させる気でいるんですね!

君のためいきなんて 春風に変えてやる

サビのまさに直前、「ためいき」が「春風」に変わるのは非常に象徴的です。「ためいき」はもちろん「悲しみ」のためいきでしょう。それなら「春風」は「恋」です。

悲しみ
ためいき 春風

ためいき」が「春風」に変わるということは取りも直さず、悲しみの気持ちがに変わるということです。「変えてやる」という表現も強気で頼りがいがありますもんね。こうして主人公は、悲しみを恋の気持ちに変えてきたんじゃないかな。

まとめ

今回は、春風を恋の気持ちとして考えてみました。春の気候も恋にふさわしい感じがしますし、メロディも声色もその気持ちを上手に引き立てるステキな曲でした。
前回の曲との比較をしてみましょう。前回の曲との共通点は、「風」です。おさらいしましょう。前回 取り上げたChara『TROPHY』においては、風は起こすことのできるものであり、トロフィーの素材であるような描かれ方みたいでしたね。風を紡ぎ出すなんてすごくステキです。私はこんなイメージをしたあとで、Charaって女神みたいだぞ、って思ったのでした。
一方でつじあやの『風になる』に出てくるのは春風です。春風は恋の気持ち。そんなふうにイメージしてきたんでしたよね。ためいきが春風に変わるところ、私は悲しみが恋の気持ちに変わることだって思いました。どちらも空気の流れなのに、かなりイメージが違って見える言葉の選び方ですね。ここで出てくる風は、もっと気まぐれで、でもそれだけいきいきした感じ。
私は「プネウマ」って言葉を思い出しました。ギリシア語で「精気」や「気息」を表す言葉、そもそもは「息吹」を意味しているそうです。息とか風とか、精気とか。そういったことがひとつの単語をルーツにしているみたいです。この曲の中の「風」の捉え方とつながるところがあるかもしれませんね。*1
それにしても、ここで出てくるのが自転車とは実にふさわしいように思います。歩きだとたくさんの荷物を乗せていけないし、車だったら「春風に吹かれ」たりできないのです。「君と誓った約束」がいつの時点のものなのかはこの歌詞にヒントがないように見受けられますが、若さを表す乗り物としても自転車はとってもお似合いですね。
最後の最後におまけ的に捉えてくださいね。もう少し踏み込んだ解釈もできるかな、と思いまして。『風になる』って、漢語にするなら「風化」になるかと思います。そして離ればなれの君だなんて、まるで。
お墓参りみたい。…とかね。
でもそうだとすると最後のフレーズ、急に光ってくるのです。

君と出会えた幸せ祈るように

リアルタイムで一緒に過ごす人のこと、こういう風に離れた目線で見るなんてことできるのかなあ。ね。



お楽しみいただけましたか? 次回はこの曲のある要素をタイトルに掲げた曲を取り上げたいと思います。その内容は、ひみつひみつ。次回は2月の5日“ごろ”の予定です。それでは、また。
風になる

風になる

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