5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

冷静を取り繕うのに、それでも滲み出てくる「ね」と「よ」から - スピッツ『ありがとさん』

唐突ですが、もしYouTubeがなかったら、わたしは世の中の新曲ぜんぜんキャッチできないと思います。

ある日、YouTubeさまがいつも通りいい仕事をしてくださり、わたしに新曲を届けてくれました。

すすすスピッツさま! やった!!

そして、一聴してわたしはさっきと同じことをもう一度口にしたのでした。

すすすスピッツさま…さいこうです……。

わたしがどう言おうとアプリオリに最高なんですが、きょうはちょっと、わたしが感じた最高っぷりを語らせてくれ。

スピッツ『ありがとさん』歌詞

冷静な部分と、そうじゃない部分

あのですね。

この歌詞、主人公の冷静な部分とそうじゃない部分が混じりあっています。

その証拠は、語尾に出てきます。

君と過ごした日々は やや短いかもしれない
どんなに美しい宝より 貴いと言える

歌詞の語尾に注目です。

「〜ないが」「言える」というように、書き言葉的なかたい表現が最初は出てきます。

しかしだな。

この部分が終わると、かたい表現はずっと出てこないのです。

お揃いの大きいマグで 薄い紅茶を飲みながら
似たようで違う夢の話 ぶつけ合った

「ね」という呼びかけの終助詞。

あれもこれも 二人で 見ようって思ってた
こんなに早く サヨナラ まだ寒いけど

「けど」という言いさし。

ホロリ涙には含まれていないもの
せめて声にして投げる ありがとさん

「よ」も呼びかけ。「ありがとさん」という口語的な言い回し。

こんな風に、歌詞の1番からはずっと、呼びかけを交えた語りかける言い回しが続いています。

わたし思うにですね。

主人公、最初は冷静を装っていたと思うのですよ。

自分の感情から距離のある表現をわざと使って。

冷静を保っていられる自分に酔いしれたりして。

だけど、途中からやっぱり本当の気持ちが浮き出てしまっている感じが、この表現からは透けています。

お揃いの大きいマグで 薄い紅茶を飲みながら
似たようで違う夢の話 ぶつけ合った

文章は自由なので、「僕は途中から冷静でいられなくなった」みたいな歌詞でそれを伝えることもできます。

だけど、実際に冷静でいられなくなる描写をすることによって、それを伝える選択肢も取ることができたら、表現の幅が広がってよいですね。

hacosato.hatenablog.com

先日考えたback number『高嶺の花子さん』で感じられるのと同じ効果です。

だけど、『ありがとさん』の歌詞は『高嶺の花子さん』の歌詞とは違うところがひとつあります。

『ありがとさん』の歌詞の最後から2番目の連を引用します。

ホロリ涙には含まれていないもの
せめて声にして投げるよ ありがとさん

「ありがとさん」というタイトルで連を終えていて、ちょうどいい感じに口語的な表現が出てきたあたりで、この曲が終わるかのように見えます。

しかし、そんなことはありません。

最後の連は、こういう感じ。

君と過ごした日々は やや短いかもしれないが
どんなに美しい宝より 貴いと言える

最初の連と同じフレーズの繰り返しによって、この曲が終わります。

これってほんとうに軽やかです。

最初の冷静さが少しずつ崩れていくところにこの歌詞のよさみが深いのに、最後になってやっぱり冷静さを取り戻すところ。

その直前のフレーズが(「ありがとう」とかではなくて)「ありがとさん」というやけに軽薄な表現であるところ。

この歌詞って全体的に、真剣«マジ»な感じとか、本気«マジ»な感じとかをできるだけ出さないようにしているのだと思います。

それでも透けて出てくる呼びかけみたいなところに、なんというか、“エモ”を感じるよね……。

図に示すとこうなります。冷静さがこの曲の周囲を固めているのです。

f:id:hacosato:20191012214759p:plain

あと、自分もうひとつだけいいすか。

冷静側の連に、こういう表現があります。

君と過ごした日々は やや短いかもしれないが

「やや短い」。いかにもかたい表現です。

それが、2連にはこういう表現があるのですよ。

あれもこれも 二人で 見ようって思ってた
こんなに早く サヨナラ まだ寒いけど

「こんなに早く」。

「やや短い」と「こんなに早く」って、主人公が「君」と過ごした時間の長さを指していて、長さいっしょだと思うのですよ。

なのに片方は無機質なアンケートの選択肢にあるような表現で、そしてもう片方はひとかじりしたドーナツの欠けた穴を嘆くような表現なのです。

こういう小さな差異のひとつひとつが、この曲のはかなさのようなものをかたちづくるのだと思いました。


スピッツ『ありがとさん』でした。

いままで読んだことのあるスピッツの曲はこういう感じ。

hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com hacosato.hatenablog.com

むかしに聴いた曲も今回の曲もだいすきだし、だいすきでいられる自分でよかったなという気持ち。

これからもたくさんのものを好きであり続けような。

ありがとさん

ありがとさん