5日と20日は歌詞と遊ぼう。

歌詞を読み、統計したりしています。

「君」の世界は春の国 - 井上苑子『ファンタジック』

ほんとうは春のうちに書きたかったやつなんだけど、5月はまだ春だよね??

きょうは井上苑子『ファンタジック』の話をしにきました!!

この曲のサビはこういう感じ。

君が言った 君が言ったんだよ
慣れない笑顔も 無理した優しさも 全部 人生だ
春を待った ただ舞った花びらを 掬い取った
色付いてく 空の色に ずっと 見惚れていたこと
夢のようでした

この中で、手で触れるものは「花びら」しかありません。

花びらなんてほんとうに薄くてはかないものだし、それは触ったりつかんだりするものではなくて「掬い取った」ものとして描かれています。

この曲のサビには、手触りがぜんぜんないのです。

でもそれが「ファンタジック」な感じを引き立てていていい感じ。

きょうはこの歌詞のお話。

井上苑子『ファンタジック』歌詞

「君」の世界は春の国

Aメロはこういう感じ。

ファンタジックな 恋をして 今も 君が見れない
写真の向こうで 笑う君と 冬の部屋で 一人
髪を切っても 恋の歌 止まることさえ 知らないで
何もない日々と 失敗の染み ばかり数えて

2行めに、はっきりとした対比があります。

  • 写真の向こうで 笑う君と
  • 冬の部屋で 一人(の主人公)

です。

「君」は過去の存在として写真の中だけにいます。

そして主人公はいま、それを回想する立場として一人ぼっちでいます。

この曲の中には、ずっとこの対比が通底しています。

それは「君」と主人公の対比です。

そして過去と現在の対比でもあります。

その対比は、Bメロではっきりと描かれています。

ねぇ ほんの小さな灯りも 僕の胸は 覚えてる

過去は「灯り」であり、現在はそれを思い出す始発駅です。

こんなことを考えると、サビの寄る辺なさの理由が見えてきます。

君が言った 君が言ったんだよ
慣れない笑顔も 無理した優しさも 全部 人生だ
春を待った ただ舞った花びらを 掬い取った
色付いてく 空の色に ずっと 見惚れていたこと
夢のようでした

サビで歌われるのは「君」のこと。

そして「君」のことは過去のことです。

主人公は「君」のことを思い出すしかありません。

なぜなら「君」はここにはいないからです。

この曲は、こうして、歌詞全体の世界が浮かんでくる仕掛けになっています。

その構図は、2番のサビでさらに鮮明になります。

君を知った 春が舞ったんだよ
切ないも 愛も 憂いも この歌で 全部 言いたいよ
花が散って ただ落ちた花びらを 救い取った
色付いていく その淡さに ずっと 君を重ねてる

たとえば1行め。

君を知った 春が舞ったんだよ

という部分で、君と「春」が対になって描かれています。

なるほど、過去は「春」なのか、とわかります。

そういえば1番のサビには「春」のほかに「花びら」「夢」みたいなことばも出てきました。

きっとこのあたりはすべて、「君」の側に属するものとして分類できるんでしょう。

そこまで考えて、わたしたちはある部分に気づきます。

ただ舞った花びら

花が散って ただ落ちた花びらを 救い取った

あれっ?

この曲。

「君」の側にあるはずの花びらが、舞ったり落ちたりしがちなのです。

どうして…??

どうしてでしょうか…??


井上苑子さんといっしょにこの曲の作詞を手がけたのはn-bunaさんというアーティストです。

このひとが作詞したべつの曲に『言って。』という曲があります。

hacosato.hatenablog.com

この曲にはたくさんの「言って」というフレーズがあります。

だのに、1ヶ所だけ、ちがうように表記されているところがあるのです。

あのね、私実はわかってるの
もう君が逝ったこと

という部分。「言った」じゃなくて「逝った」。

こうして、発言と逝去が、重なり合うようにできているのがヨルシカ『言って。』という歌詞の骨格です。

今回の井上苑子『ファンタジック』はどうでしょうか?

表記はそういう風にはなっていません。

君が言った 君が言ったんだよ

というように「言った」とだけ表記されます。

だけどさ、同じ音なんだよ?

そういういやな予感を払拭するのには、どうやら風向きの悪い要素が多すぎると、わたしは思うのです。

きらきらした曲調の中に、そういう要素が紛れ込んでいるのが、この曲の素敵さであり、恐ろしさであるのかもしれないです…。


ということで井上苑子『ファンタジック』でした。

この曲を手がけたn-bunaさんの曲、このブログには過去にも何度か登場しました。

hacosato.hatenablog.com

hacosato.hatenablog.com

どれもとっても好き。

ファンタジック

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