こんにちは。
きょうはハチ feat.GUMI『ドーナツホール』の歌詞の話をするんですけど。
いつからこんなに大きな 思い出せない記憶があったか
どうにも憶えてないのを ひとつ確かに憶えてるんだな
この1行目すごくないですか?
だっていきなり「いつからこんなに大きな 思い出せない記憶があったか」ですよ。
始まりがわからないぐらいにずっと前から、って表現をするとき、いちばんいい場所は冒頭だと思います。だって歌詞の途中からそういう話を始めたら、そこが始まりになっちゃうから。
だから1行めに「いつからこんなに大きな 思い出せない記憶があったか」ってあったとき、わたしたちは主人公がずっと前から抱える記憶についての話をするんだなって誤解なくわかります。
この歌詞は、そんな主人公の、ずっと前からの記憶の話です。
その記憶が、形を変えていく話です。
ハチfeat.GUMI『ドーナツホール』歌詞(初音ミクWikiへリンク)
不在の在
いつからこんなに大きな 思い出せない記憶があったか
どうにも憶えてないのを ひとつ確かに憶えてるんだな
冒頭の2行には、この歌詞のたくさんのエッセンスが入っています。
とくに「思い出せない記憶があったか」って表現とってもすきです💕
なぜなら、この部分が歌詞全体の本質を端的に表現していると思うからです。
この1行には「ない」と「ある」が共存しています。「ない」ことが「ある」、と表現されています。
これは単に「ない」こととはぜんぜん違います。
単に思い出せないだけでなく「思い出せない記憶があった」と表現することによって、思い出せないことそのものの存在感が強烈に現前するのです。
たとえば唐突ですが、わたしの部屋にトイレットペーパーがないとします。それはいつも通りで自然で当たり前なことです。でもトイレットペーパーホルダーになにもセットされていなかったら話は違います。その不在が存在感を持ってわたしたちの前に立ち現れます。
ふだんはお財布の中には100円玉やら10円玉やらいろんな小銭が入っていて、それは増えたり減ったりするものです。たまたま何かのきっかけで小銭がちょうどぜんぶなくなったりしたら、それはちょっと事件です。「財布に小銭がない!」ってわざわざだれかに言ったりツイートしたりしたくなるよね!
そういう「ない」ことが「ある」というのは、ちょっとした事件なのです。
それを記憶の切り口から言葉にしたのが、この歌詞だと思うのです。
どうにも憶えてないのを ひとつ確かに憶えてるんだな
2行めはそういうわたしの感想をより確かなものにしてくれます。
2行目は「憶えてないのを」「憶えてる」、と歌っているわけで、まさにいままでわたしが話してきたことと同じ内容が出てきます。
この歌詞のテーマは、端的にいえば不在の在、です。
それが最も端的に表現されているのが2番の冒頭。
ドーナツの穴みたいにさ 穴を穴だけ切り取れないように
あなたが本当にあること 決して証明できはしないんだな
タイトルにもつながる「ドーナツホール」です。
ドーナツの穴は、ドーナツでいる間はもちろん存在しているけれど、ドーナツがその形でなくなった瞬間に、あったはずの穴はなくなってしまいます。
それは、主人公の心情の中の「不在の在」のこととまったくいっしょです。
* *
主人公が思い出そうとしているのは「あなた」です。
つまり、この歌詞の中の「ドーナツホール」は「あなた」のことと同じものを指しているといえます。
それでもあなたがなんだか 思い出せないままでいるんだな
何も知らないままでいるのが
あなたを傷つけてはしないか
それで今も眠れないのを
あなたが知れば笑うだろうか
簡単な感情ばっか数えてたら
あなたがくれた体温まで忘れてしまった
この歌詞に出てくる「あなた」は、どうにも不確かで、手がかりが少なくて、漠としたイメージしかありません。
主人公も「あなたを傷つけてはしないか」「あなたが知れば笑うだろうか」と、ぼんやりとした推量ばかりしています。
「あなたならこう思うだろう」とか「あなたならこうするだろう」みたいな確かな推定は、この歌詞にほとんど出てきません。
その不確かさは「ドーナツの穴」とちょうどいっしょです。
主人公は悩んでいます。「あなた」がどんな存在なのかということに。
その悩みはいつまで経っても形をなさないままです。
悩みから夜明けへ
ところで主人公はずっと夜の世界にいます。
環状線は地球儀を 巡り巡って朝日を追うのに
レールの要らない僕らは 望み好んで夜を追うんだな
それで今も眠れないのを
今夜も毛布とベッドの隙間に体を挟み込んでは
なるほど主人公は夜の世界にいるし、「毛布とベッドの隙間」で、なかなか寝付くことができないのでしょう。
夜の悩みは堂々巡り。この歌詞にもそれがよく現れています。
もう一回何回やったってという歌詞は、Aメロの3行めに繰り返し出てきます。「何回やったって」を表現するために、実際に何度も言及するのは行為遂行的発話っぽくてめっちゃよいです。
さらに考えれば、
環状線は地球儀を 巡り巡ってという歌詞にも
ドーナツの穴みたいにさ 穴を穴だけ切り取れないようにという歌詞にも、輪が出てきます。輪の丸い感じは堂々巡りをうまく言い換えた感じです。
「毛布とベッドの隙間」だと見える景色も変わらないし、ということはいくら考えたって新しいアイデアが出てくるわけでもないし、こういうときには眠って朝を迎えるのがいちばんなのはわかっているけれど、それができないからこうして「毛布とベッドの隙間」で同じようなことを考えてしまって、見える景色が変わらないのだってわかっているのに、結局いつの間にか堂々巡りしてしまっているんだよなぁ、っていうのがよく表れています。
それでも転機はやってきます。
この胸に空いた穴が今
あなたを確かめるただ一つの証明
それでも僕は虚しくて
心が千切れそうだ どうしようもないまんま
サビのメロでアレンジ違いになっているこの部分は、Cメロと同じ機能がある部分です。
胸には穴が開いてしまっています。その穴は「あなたを確かめるただ一つの証明」です。
つまり「穴」は「あなた」そのものです。
でも「心が千切れそう」になっています。ドーナツがなくなると穴がなくなるのといっしょで、心が千切れたら穴はなくなってしまうでしょう。
穴がなくなることは「あなた」がいなくなることです。
そして「あなた」がいなくなることは、それにまつわる悩みがなくなることです。
「心が千切れそう」になることで、物語は一気に変化を迎えます。
最後に思い出した その小さな言葉
この曲はずっと「思い出せない」「憶えてない」を歌ってきたのに、最後になってこんな歌詞が出てきます。
「最後に思い出した その小さな言葉」。主人公が思い出そうとしていたのは「あなた」という「言葉」だったのでした。
静かに呼吸を合わせ 目を見開いた
主人公はずっと夜を向いていたのに、曲の最後には「目を見開いた」と出てきます。
あなたの名前は
この歌詞では、主人公はずっと「あなた」のことについて、ベッドの上で思い出せずに悩む夜を過ごしていました。
だから「思い出せない」「憶えてない」って歌ってきたんですよ!
それが最後には思い出しもするし、目を開きもします。
この歌詞は1番も2番も変化の少ないループを描いていたのに、最後になって伏線をすべて回収するように、輪を抜ける様子を見せつけてきたんですよ。
すごくないですか???
この歌詞のそういう鮮やかな終わり方を言葉にしたくて、この文章を書きました。
ハチ feat.GUMI『ドーナツホール』でした。
ハチさんは米津玄師(本名!)として音楽活動をしています。いまめっちゃ波に乗っているミュージシャンさまです。
hacosato.hatenablog.com
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歌詞もたくさん読んできました。好きすぎるよ…。
https://itunes.apple.com/jp/album/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%84%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB-cover/id847634598?i=847634618&uo=4&at=10lrtS
ドーナツホールもカバーしてる…。歌い手殺しだ…好きすぎる…。
これから出る新曲で、すごく注目してるのがあるので、うまくいったらそれも文章にします。楽しみにしててね。わたしも楽しみです♪
ということで、きょうもお付き合いいただきありがとうございました!
次回は未定です♪ 春らしい歌詞を読みたいな〜。