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5日と20日は歌詞と遊ぼう。

毎月5日と20日に、J-POPやボカロ曲などの歌詞を読んだり、統計したりしています。twitterは@hacosato。

斉藤和義『やさしくなりたい』

「ない」と「たい」の裏側
こんにちは。今年ももうすぐおしまいです。計画的になりたい。
やさしくなりたい
今回は斉藤和義『やさしくなりたい』を取り上げてみたいと思います。『家政婦のミタ』の主題歌です。

愛なき時代に生まれたわけじゃない
キミといきたい キミを笑わせたい
愛なき時代に生まれたわけじゃない
強くなりたい やさしくなりたい

こんな強いメッセージが繰り返される図鑑型の歌詞ですが、でもちょっと待って。「やさしくなりたい」ってどういうこと?
「ケーキ屋さんになりたい」って言う子がいたら、その子はケーキ屋さんじゃありません。「ブラコンの妹がほしい」って言う人はブラコンの妹いません。そして「計画的になりたい」って言う人は計画性がないのです。じゃあ「やさしくなりたい」って言う人はやさしくないはず。
どうしてやさしくないのでしょう。どうしてやさしくなりたいのでしょう。
今回はそんな、サビのメッセージのところを中心に考えてみたいと思います。
歌詞はこちら→http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND119555/index.html
構成はこちら→AB-サビ-AB-サビ-C-サビ

メッセージを支えるたとえ話

さっきも引用したサビの部分はたぶん、この曲のメインのメッセージってことになるかと思います。残り、1番と2番のAメロはそれぞれ、メインのメッセージを支えるための具体的なエピソードが語られています。
さっそく脱線するようですが、1番のAメロを見てみます。

地球儀を回して世界100周旅行
キミがはしゃいでいる まぶしい瞳で

地球儀のエピソードが出てきますが、この曲の中心になるのはもちろん、地球儀のエピソードではありません。メインのメッセージはもちろん「やさしくなりたい」ということ。地球儀のエピソードは中心じゃないけれど、メインを支えるための部分だということができます。
さて、2番のAメロには、

サイコロ転がして1の目が出たけれど
双六の文字には「ふりだしに戻る」

サイコロの話が出てきます。これも地球儀と同じ。メインのメッセージ「やさしくなりたい」を支えるための例示だと考えることができそうです。
さて、この地球儀とサイコロ、とってもよく似ています。だって両方とも、架空のミニチュアの話だから。
1番には「世界100周旅行」という威勢のいいフレーズが出てきます。でも、よく見てみるとそれはたかだか地球儀の話だったわけ。地球儀での世界旅行なんてニセモノだよ!
2番には「1つ進めたのならよかったじゃないの!」なんてあたたかい言葉がかけられています。でも、1つ進めたのは双六の中の話でした。結局そういうスケールの小さい世界でしか進歩は望めないみたい。
もうひとつ注目したいのは動詞です。地球儀を“回す”。サイコロを“転がす”。どちらもぐるぐるしてばっかりで、前に進めないような生産性のない動詞です。スケールの小さい世界しか描けなくて、しかもそれでもなお、前に進むこともままならないような世界観なのです。


メインのメッセージがあって、それを支えるエピソードがついてきている曲は、図鑑型の歌詞の曲で他にも見かけます。たとえば、若旦那『青空』はまさにそんな感じ。Aメロにいろいろ出てくる過去のエピソードはぜんぶ、サビの

あなたの笑顔 世界で一番美しいなんて言われたら
Wow oh
恥ずかしいけど 悔しいけど 嬉しくて笑っちゃうよ
を支える役割を担っています。SOUR『日々の音色』とかも同じイメージで捉えることができそうです。

「キミ」のいない世界

さて、ここまでサビ以外の部分を見てきたので、やっとこさサビに向き合ってみます。

愛なき時代に生まれたわけじゃない
キミといきたい キミを笑わせたい
愛なき時代に生まれたわけじゃない
強くなりたい やさしくなりたい

「ない」「たい」と繰り返される押韻が気持ちいいですね。でも「ない」と「たい」。似ているのは音だけじゃありません。意味も似ています。それは、どちらも現実から距離がある、っていうこと。
「ない」という否定の言葉が現実と距離を持っているのは分かると思います。そしてこの記事の冒頭で考えたように「たい」という希望の助動詞につながる言葉も、現実からは距離があります。どちらも、本当のできごとは逆さまであるはずです。「愛なき時代に生まれたわけじゃない」ということはつまり本当は「愛のある時代に生まれた」ということだと思うんです、大筋で。
この曲には、たくさんの「たい」があります。それを全部ひっくり返してみると、主人公が捉えている現実が見えてきそう。やってみましょう。

歌詞の引用 そこからわかる現実 だれに対する言及か
やさしくなりたい やさしくない 主人公
キミといきたい キミとはいかない キミ
キミを笑わせたい キミを笑わせない キミ
キミに会いたい キミに会わない キミ
強くなりたい 弱い 主人公
手を繋ぎたい 手は繋がない キミ

「キミ」にかかわることを中心に見てみると、そこからひとつ考えられることが出てきます。もしかして「キミ」はもういないのでは?
「キミとはいかない」ということがわかるぐらいなら、私だってそんな仮説は立てません。いっしょに行けないのは主人公が何らかのカタチで「キミ」を裏切ったからかもしれないし、主人公と「キミ」が別々の道を歩むことを決めたからかもしれません。
「キミを笑わせない」ことがわかるぐらいでも、やっぱりそんな極端な結論は導けそうにありません。主人公が不器用だから楽しませることができないからかもしれないし、怒らせてしまうからかもしれないし、どっちにしても、前提としてキミは存在していると考えるほうが自然です。
でもキミとはいかなくて、笑わせなくて、手を繋がなくて、あわないとなれば話は別です。なんならもうちょっと言い換えても。キミとは行けなくて、笑わせられなくて、手も繋げなくて、会えない、って言われたら? これは「キミ」がいないのだと考えても不自然じゃないと思わない?
ここから「やさしくなりたい」の真意に迫ることができそうな気がします。キミはもういなくなってしまったから、主人公はやさしくなくて強くなかった自分自身に気づいたのではないでしょうか。

愛なき時代に生まれたわけじゃない

なんて。サビで一番たくさん繰り返されるフレーズが、ここへ来て心に響いてきますね。時代のせいではないのです。自分さえ強くてやさしければ、きっと「キミ」の不在も食い止めることができたはずだったんでしょうね。(で、続きがあるので最後まで見てください!)

つながリンク

前回はSalyu『青空』を取り上げました。今回の『やさしくなりたい』との共通点は影法師です。
前回の『青空』では、

足元の影法師
ひとつ ふたつって飛び越えて
それだけで得意になってた

なんていう、曲の冒頭に影法師が出てきます。
今回の記事の冒頭でも触れましたが、図鑑型の歌詞には、それを支える具体的エピソードがついていることがあります。この『青空』でも同じ。

あなたが好き
あなたが...

というメインのメッセージを前提にした上で、1番のAメロはそれを支える具体的なエピソードが綴られている場面です。この曲のタイトルは『青空』でした。影法師は晴れていないと現れませんから、逆説的に晴れた天気を表現する効果も見えますね。
今回の『やさしくなりたい』には、

地球儀を回して世界100周旅行
キミがはしゃいでいる まぶしい瞳で
光のうしろ側 忍び寄る影法師

またまた冒頭の部分に影法師が出てきます。
こちらも、メインメッセージ「やさしくなりたい」を支える具体的なエピソードの部分に影法師が位置しています。しかもこの影法師も「光」と対比をなしていますね。
今回の2曲、

  • 図鑑型の歌詞の中の具体的なエピソードの部分にある
  • 光との対比をなしている

という点で影法師の使い方に強い共通点がありました。「影」でもいいところを「影法師」と表現するあたりに、そういう風な使い方がしっくりくるような要因があるのかもしれません。



ところで、さっきの私の読みは、ウソです。てか、続きがあります。
過去の後悔にひたひたになるような、そういう色だけで塗りつぶせない歌詞だと思うのです。だってもし過去に対して未練しかないような曲だったら「やさしくなりたい」ではなくて「やさしくなりたかった」みたいなタイトルになるはずだし。歌詞が現在形なのは、あきらめてないから、でしょう?

地球儀を回して世界100周
ボクらで回そう 待ってておくれ

ここは注目に値するところだと思います。地球儀がニセモノで、これをいくら回したって世界100周旅行などにはならないこと、さすがに主人公だってわかっているはずです。それでも回してしまうのは、ニセモノに対してふっきれてしまっているからかな?と私は思いました。地球は回せないけれど、地球儀なら努力で回るもの。だとすれば、

愛なき時代に生まれたわけじゃない

だって、なんとなく明るく聞こえてくる感じもするのです。時代は向かい風じゃないし、地球儀なら回せるんだから。
ここまで読んできて「キミ」の不在はたぶん、間違った読み方ではないと思います。でも、それに対する後悔だけにかられた曲だと読むのは、たぶんいい読みじゃないです。
「キミ」はいないけれど、ずっとまた会えるかもしれないし、手も繋げるかもしれないし、そのために、あるいはそのときのために、強くなりたいしやさしくなりたいのです。
それにずっとマイナーだったサビのコード、最後の「やさしくなりたい」だけメジャーで終わりますよね。ここだけに現れる明るい響きはきっと、歌詞の世界とも連動していると思うのです。

やさしくなりたい

やさしくなりたい

↑よく分かんないですが、クリックすると2番も試聴できます♪
やさしくなりたい

やさしくなりたい

次回予告! 次回は中島みゆき『荒野より』を読もうと思います。今回とだいたい同じ読み方をするので(笑)、よければ先取りしてみてください♪

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