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5日と20日は歌詞と遊ぼう。

毎月5日と20日に、J-POPやボカロ曲などの歌詞を読んだり、統計したりしています。twitterは@hacosato。

phatmans after school『マイパレット』

スタートはセルフポートレートから
こんにちは。GWいかがおすごしですか?
phatmans after school
今回はデビュー前のグループ。「この手あの手が拡散しているご時世にまたとなく現れたニューカマー」っていうふれこみの、phatmans after schoolを取り上げたいと思います。
正直、ふれこみのフレーズはなにを言っているのか私はよく分からないけれど(汗)、でも歌詞の内容はそれとは違ってもう少し見通しが利きそう。

嬉しいことそれがもしもこの世に沢山あるのなら
嬉しいというそれ自体も特別じゃなくなってしまう
苦しむことそれがもしも僕らの為にあるのなら
僕らはそうやって大人になった

「嬉しい」とか「苦しい」とか、っていう感情そのものを考えるような気持ちって、BUMP OF CHICKEN『天体観測』とかにも出てきますね。『天体観測』で歌い手が探していたのは「幸せの定義とか 哀しみの置き場とか」ですが、どちらにしたって、いかにも少年っていう感じ。
しかも『マイパレット』では、感情そのものを考える気持ちをサビに持ってきていて、それがこの歌詞のテーマであることをうかがわせる構成になっています。この歌い手はその先で、どんな答えを見つけたのでしょう?
歌詞はこちら→http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND110087/index.html
構成はこちら→A-B-サビ-A'-B-サビ-サビ-アウトロ?


恥ずかしながら実はこの曲まだ通しではラジオで聴いただけなのです…。YouTubeで聴けるところ以降についてはいまの段階ではあんまりウラ取りできません。ミニアルバム買おうか1曲だけダウンロード販売で買うかするか考え中…。

感情はOFFからONへ

この歌詞、1連は、

「今の時代はストレスだらけで嫌になるよ」 新人類は語る
いっそ総て0からのスタート
「いつの時代も人間様には嫌になるよ」 かの神様は語る
感情機能OFFからのスタート

という歌詞からスタートします。要は、感情機能OFFです。
最後の最後は1行しかありませんが、その直前の連とつなげて見てみると、この歌詞の全体の大きな流れが分かります。

嬉しいコト悲しいコト苦しいコト悔しいコト
笑いあうコト怒りあうコト譲れないコト信じたいコト
嬉しいコト楽しいコト苦しいコト悔しいコト
分かち合うこと分かりあうことそれら総てで


ただいま 僕だよ

こんな感じ。嬉しい、悲しい、苦しい、悔しい、と、感情にまつわる言葉の羅列でできています。最後になると、感情機能は全開です。
こんな風に、感情機能がOFFの状態からONに切り替わるというストーリーでこの歌詞は成り立っているみたいです。
じゃあ、その切り替わりはどこにあったのでしょう?

だけどそんな単純なもんじゃないんだ僕ら

1連に続く2連でさっそく逆説の「だけど」があります。じゃあ、サビの部分がすでに感情機能ONなのでしょうか?

嬉しいことそれがもしもこの世に沢山あるのなら
嬉しいというそれ自体も特別じゃなくなってしまう
苦しむことそれがもしも僕らの為にあるのなら
僕らはそうやって大人になった

最初に引用した部分をもう一度持ってきました。1番のサビです。ここは感情について歌っていますが、自分の感情そのものについては棚に上げている立場です。感情について論じているけど、感情論ではありません。右脳じゃなくて左脳を使っている感じ。感じるのではなくて、考えるというスタンス。
一方で、最後のサビはどうかというと、嬉しい、悲しい、苦しい、悔しい、というように、感情に関する言葉をたくさん並べているのでしたね。この感情は感じられるものとして出てきています。感情について、感じるままに歌にしている感じ。考えるのではなくて、感じるというスタンス。
こんな風に、前半と後半は対照的な作りです。そのトリガーは、5連にあるんじゃないかと思います。

声に出してまた 出してまた 出してほら またと
唄うように響くようにただ音になった

この部分には、この曲で唯一「唄」が出てきます。Mr.Children『かぞえうた』のときにも考えたように、歌って身体的な行為です。そして身体的な行為は、私たちを悩みから遠ざけてくれる予感があります。このあたりが流れの変わり目なのかなって私は思いました。

新しい補助線-自画像

ところで、この歌詞のAメロには「新人類」「神様」「地球儀を作る」と、一筋縄では立ち行かないような言葉がたくさん使われています。これをどう考えましょう…?
ひとつ筋が見通せたら、一気に解決したりして。そういう補助線は引けないかな? そう思って、ひとつ考えました。
この曲、自画像を描いている曲だったとしたら?
「新人類」が描かれているほうの自分、「神様」が描いているほうの自分です。そんな自分と自分の対話の曲だったとしたら、いろんなことに少しずつ筋が通ってきます。

地球儀を作るように僕ら人は 地球自体の存在を変えていくの

ここもそうですよね。地球儀を作ることによって地球自体の存在が変わるのと平行して、自画像を描くことによって自分自身が変化していくんです。高校のとき、授業で何時間もかけて自画像を描いた私が言うんだから間違いないです。自画像を描くだけで、描いている本人はどんどん変化します。描きながらいろんなことを考えて、最後の最後にちゃんとある場所にたどり着くのです。

だけど僕は人間なんだ

この部分も、自画像という補助線を引けばすっきりとした筋が通ります。ふつうは「僕は人間」なんて言いません。自明だから。でもここであえて「僕は人間」だと発言しているということは、つまりはそれが、一度は自明でなくなってしまったことを表していると考えられます。もし自画像を描いているのなら、絵の中の自分は自分なの? 絵なの? 絵だとすれば、この絵が写し取ろうと思っているものはなに? それがどんどん近づいてしまったら、自分と絵との間に境界はやっぱり残るの? 残らないの? 残らないとすれば、この絵は自分なの? 自分は絵なの? 人間じゃないの?
…なんて問いに苛まれること必至です。そんな気がしてきましたか?
こんな風なことを考えていると、最後の

ただいま 僕だよ

もちゃんと私の落ちるべき腑に落ちます。あれこれさまよって、でもちゃんと最後には自分自身にたどりつくところが。きっと、この作品でちゃんと自画像は完成したんだろうな、って私は思いました。
この曲はデビューアルバムの中の1曲です。私は(音楽の)アルバムなんて作ったことがありませんけど、もし作ったとしたらそれは自分自身を描いたもののように感じられるんじゃないかなと勝手に予想しています。作品は、自画像なのです。
そして私は、今になってある大事なことに気づきました。
あ、だからタイトルは『マイパレット』なのか、って。パレットっていう言葉は絵画のジャンルの言葉で、それが自画像とつながっているのかもしれないですね。

つながリンク

前回 取り上げたのはMr.Children『かぞえうた』。今回の曲との共通点は、「僕ら」。
Mr.Children『かぞえうた』では、一人称にはすごく気をつかっているんだろうな、という印象を私は持ちました。一人称が出てくるのは、唯一漢字が出てくるCメロだけ。ここで使われる「僕ら」は、歌い手と共に、被災された人たちを視野に入れた大きな「僕ら」を形成しています。それをここだけであえて使うのはたぶん、安易な同情をしたくないからなんじゃないかな、と私は思ったのでした。でもこの曲では、単数形の「僕」とかは出てきません。あまり言葉にしなくたってやっぱり、気持ちは被災者のみんなとひとつなのですね。
一方で、今回のphatmans after school『マイパレット』では、「僕」も出てくるし「僕ら」も出てきます。使い分けているのかな?
追いかけてみると、2連、3連、5連までは一人称は一貫して「僕ら」です。ところが、そのあとに出てくる一人称は、

だけどは人間なんだ

ただいま だよ

両方とも「僕」に変わっています。このタイミングは、さっき私が切り替わりのトリガーともくろんだ場所と一致しますね! やっぱり5連で、歌い手の考え方は切り替わっているみたい。
ところで、自画像仮説を思い出してみてください。「僕ら」っていったら、描かれているほうと描いているほう。両方を指しているのでしょうね。一方で「僕」っていったら、それはたぶん描いているほうだけを指しています(「僕は人間なんだ」っていうフレーズがありますからね)。
この辺から判断して、自画像を描いているほうの自分の存在にちゃんと気づくことができたとき、歌い手は迷いから脱することができているみたい、って結論づけることができそうです!
なんか、今日はけっこうキレイに決まった!



…と思うのは自画自賛かもしれません(汗)。
最近 過去の記事を読み返したり、他人のブログ(歌詞とは関係ないやつ)をのぞいたりして、気づいたことがありました。自分の文章、長すぎてちょっと読みづらいのでは…?
長いのはもちろん前から承知の上なのですが、読みやすいのに越したことはないのです。うまいやり方を、模索するのです。
マイパレット

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